小さな墓石の前で、は叔父とふたり、ただ黙って居た。
ふたりにとって大切な家族の時間を共有してきた男が、その下に眠っている。一年の歳月が短い弧を描いて通り過ぎたが、石は変わらず、石だった。
何かを祈ったり、伝えたいことがあったり、ひとは故人の前に在るとき、そのさまざまな思いをただ、言葉にもせず、心で唱えつづけるしかない。叔父が何を胸に、今ここに立っているのか、には計り知れなかったし、の心中をまた、叔父がつぶさに知ることも無い。
はここへ来ると、いつもどうして良いかわからなくなる。彼とこんなふうに畏まって対面するのは、何だか不思議な気がしていた。
洗濯物を干しているとき、夕飯の買い物の途中、通勤で駅へ向かう道々、そんな日常のふとした刹那、彼を思い、胸を裂かれる痛みに涙が溢れることがある。いまだに、あの日と少しも変わらない重さと実感をもって、襲い来る悲しみ。けれどまたあるとき、気付けばいつもそこに居てくれるかのように、ああ、こんなとき、彼ならきっとこう言うだろうと、を導く白い力のあることを、は心に感じていた。それはさながら、背中合わせの鏡のように。
千一は、の日々の中に居る。
だから、お墓参りなんて、何だかあらたまって家を訪ねるみたいで、こそばゆいのね。
は伏せていた目蓋を開け、よりしろの石を見つめた。
ここに眠るみたまも、叔父が胸に抱く思いも、それもすべては千一で、きっと、今は獄中に在るあの男にも、よすがとすべき記憶がある。
鷲頭が、そのことに気付く日が、どうか来ますように。
一陣の風に、叔父が空を仰ぐ。梅雨ももう終わるな、と呟いた。


それから、どちらともなく歩き出し、ふたりならんで、帰途に着いた。
残された墓地には白いあじさいが、あわあわとにじむようなひと花を咲かせていた。