草臥れたジャケットが肩を窄めて行き交う券売所に、およそ似つかわしくないいでたち。真っ白なワンピース姿のへ遠巻きに目をくれながら、その往来が決して彼女に声をかけることがないのは、彼女の脇に立て襟の男が一人、控えているがためだった。スポーツ新聞を片手にここへ入り浸るような連中で、この男──水田千一の顔を知らない者はない。
二人はもう小一時間ほど、馬券を吟味するでもなく、ただ往来を眺めていた。はときおり瞳だけで水田を見上げていたが、ふと、何かに気づいたように水田が、あ、と口を開いたので、その眼が注意深く見据える一点を追い、もそれを見つける。
「あの人?」
「はい、間違いありません」
右から二番目の窓口に近づく男は明らかに、周囲にたむろする他の者とは異質にみえた。仕立ての良いスーツ、手入れされた短髪、所作のひとつをとっても、外へ気を配る余地のある佇まい。だがそれだけではない。あれはたしかに、欲しい人材である。
賭け事に関して、水田のようにどちらかといえば理詰めで着実に成果を上げてゆく者があるのに対して、感がはたらき、呼吸するように良手を吸い寄せる者もまた、存在するのだそうだ。これは天賦の才で、これを持つ者を組織に抱き込むことの重要性は、言うまでもない。
今、目の前ですいすいと馬券を買っていく男は、水田の調べたところによれば、競馬はほとんど素人のはずである。ところがどうだ、あの迷いのなさ。怯え、逡巡し、何かに縋ろうとする者の目には、燦然とかがやくように映るだろう。
「よく見つけてくれたわ。ありがとう」
「いえ、お嬢のお役に立てるなら、何よりです」
「ぜひとも欲しいわね。彼はとても良い、サクラになってくれるでしょう」
冴え渡る直感に導かれる天賦の才──そんなものは、いくらでも造れる。それをいかに、もっともらしく演出できるか。それこそが、賭け事を「提供する側」に就くにとって、今まさに求めている才能だった。
「しかし、あの馬はいけませんね。たしかにこのところ調子を上げてきてはいますが、今日の天候からするに、後半減速するでしょう」
「そう。やっぱり、ビギナーズラックはお膳立てがないとダメね」
「一応、結果を見ていかれますか」
「いいえ、もう帰りましょう」
あとは手筈どおりに、お願いね、と微笑んで、はふいと男に背を向けた。水田もそれに従い、競馬場を後にする。
駐車場までの数分、が愉しそうに水田の横顔を見上げるので、訝しみながら、どうしました、と問うと、千一は、顎の形がきれいね、と笑う。面食らった顔で何も言い返さない水田が、照れているのだとわかっているから、そんな水田の反応が、は可笑しくて仕方がない。
斜めに見上げるその横顔の、引き結んだ唇の描く弧が美しくて、ずっと見ていたい。
そんな気分だった。