「はい」
キッチンに立ち、お茶の準備をしている姪の背を見ながら、大きくなったな、と思う。彼女の両親が亡くなったとき、はまだ十歳にも満たなかった。息子へも娘へも、存分に愛情を注いでやれなかったことへの、懺悔にもならないかもしれないが、橘はそれでもこの姪を引き取り、自分にできる最大限で、を愛した。
「俺のとこへ来て、良かったと思うか」
「はい」
急須と湯飲みと菓子鉢を載せた盆を持って、は何でもないことのように頷く。叔父さまは、お父様と変わらないくらい、私を愛してくださったもの。湯飲みを差し出し、まっすぐに向けられるの瞳。橘は微笑み、ありがとな、と湯飲みを受け取った。
は、人を嫌うということをしない。苦手な者はあるようだが、その者を苦手とする理由をきちんと理解しようとし、またそれを踏まえたうえで相手を尊重する。荒くれのやくざ者ばかりに囲まれて育ったというのに、どこをどう間違えればこうまで品良く仕上がるのかと不思議でならないが、そんな彼女にも、振り幅の逆手──好いた者があるのだろうと、橘は思っていた。
「なあ、
「はい」
「千一が好きか」
「はい」
はこれにも、まっすぐに応えた。橘は、そうか、と言ったきり、この話を仕舞いにして、茶を啜った。
できることなら、一緒にしてやりたかった。がそれを望むなら、そして水田もおそらくは。しかしあれには妻がある。他の者ならいざ知らず、に、茨を踏ませるわけにはいかない。

「はい」
自分の湯飲みに口をつけてから、は三たび、その黒な双眸を橘へひたと向ける。
「おまえの伴侶になる男は、俺が必ず見つけてやる」
「はい」
一分の逡巡もなく、はやはり頷いて、ひとつ、ゆっくりとまばたきをする。橘の方が、少し狼狽えた。だがすぐに理解した。は、自身の内に飼う恋慕の情に、気づいていない。いや、気づいていないふりをずっと、何よりもまず自分に対して、続けているのだ。
愛する姪が、愛を殺して、他の男へ嫁ぐというのなら。
「いいか、
「はい」
「俺が必ず、おまえが一番幸せになれる相手を、見つけてやる」
「はい」
叔父さまが選んだ方なら、私は本当の幸せ者です、と言って、は微笑む。
そのどこまでもまっすぐなかなしみを、橘は自らの心に背負った。