橘がと連れ立って京都へ旅立ち、赤坂の貴船組本部の留守を任された水田は、世の中の何一つさえ面白くも可笑しくもないという顔で、応接のソファに陣取っていた。
何もすることがねえ。
留守番とはいえ、敵が攻め来るわけでもなし、日常の些事も取り立てて今しなければならないこともない。そういうものでも後回しにするということが出来ない性質であるから、するにはしたが、それも全て片付いてしまった。それで所在無くなり、立っているのも馬鹿らしいので、座っている。
誰が言ったものだったか。
退屈は人を殺すという。
そんな目にも見えぬかったるいものに殺されたんじゃあ堪らないと思ったものだが、今、それが身に沁みるように水田を襲っていた。
二泊三日てのは、こんなに長えのか。
そうは思っても、だから早く帰って来いとは、これまた思うことすら憚ってしまうのが、水田という男である。おやじもお嬢も、せっかくの水入らずの旅行だ、せめて楽しい時間を過ごしてもらいたいものだと、そう思いながら目蓋を伏せる。
そうして、時計の針が刻む機械音に、ただじっと耳をそばだてていた。


*


東京へ帰り着いたは、倉持に用事があるという橘と別れ、赤坂で一人、車を降りた。二泊三日とはいえしばらく離れていた家、玄関をくぐると、不思議な安堵感がある。
自室で簡単な荷解きをして階下へ戻ると、応接で珍しいものを見つけた。
「──……千一?」
常通り鼠色の立て衿を着込み、四角張ってソファに腰を沈めている。その背中に声をかけたが返事がないので、そっと覗き込むと、どうやら眠っているらしかった。
それにしても、留守番なのだから、居眠りをするにしてももう少し気を抜いて、姿勢を崩していても良さそうなものを。
スーツのボタンはきちんと留め、背筋を伸ばし、頸も正面に据えたまま、目だけを閉じて眠っている。
彼らしいといえば、彼らしい。は頬を弛ませ、背凭れに肘をついて、そのまま水田の寝顔を眺めていた。
そうしていると、滲むように、の胸に広がりゆくものがある。
ああ、帰ってきたのだな、という気持ちになる。
耳元へ、静かに唇を寄せると、の鼻腔を整髪剤の香りが微かに擽る。一昨日の朝に家を出て、二日離れていただけなのに、何だかとても懐かしい香り。
ただいま、千一。
寂しくなかった?


玄関先に車の着いた音で、橘も帰宅したことに気付き、は出迎えのため小走りに応接を出て行った。
だから、残された水田が気恥ずかしそうに薄く目を開けたことを、知る者は誰も無い。
ただ、時計の針が相も変わらず、機械的に音を刻んでいただけだった。