「京都、ですか」
常通りの平静な貌、しかし声音に幾ばくの困惑を忍ばせ、水田は言った。
「泊まりで、ですか」
「ええ、二泊三日」
「二泊……」
「と言っても、単なる旅行じゃないのよ、ゼミの合宿」
水田の焦点の合わない目を窺いながら、は宥めるように言葉を足した。橘が愉快そうに、文献を探しに行くんだろう、卒業論文てのも、一筋縄にはいかねえな、と笑う。
の大学が夏休みに入ったので、赤城会へ揃って顔を出した帰り道だった。同じく石川を訪ねていた入山と青峰も交え、五人は昼食を囲んでいた。
「九月の一週目と言やあ、俺も関西に用事がありますから、車を出しましょうか」
青峰が満面の笑みで申し出ると、水田は今度はあからさまに眉を顰める。
「てめえみてえな木偶の荒い運転に、お嬢を任せられるはずがねえだろう。お嬢、いつものように、私が車を出しますから」
「木偶だあ? 水田、てめえもういっぺん言ってみろ」
「能無しに二度聞かせるほど、大したことは言ってねえよ。お嬢、それで、日取りはいつです」
まだ何か喚いている青峰をよそに、水田はへ向き直った。鮭のムニエルを食べ終え、口元を拭ってから、芙由子が携帯電話を確認する。
「九月三日の、お昼に京都駅へ集合の予定よ」
「三日……」
「ああ、千一はダメだな。その日は朝から俺と仙台だ」
言葉を飲んだ水田の尻を拾って、橘が手帳をぺらぺらとめくる。東北随一の勢力を誇りながら長らく若頭の座を空けていた萩之社に、このほど五年ぶりに襲名があるというので、その挨拶に呼ばれていた。
入山がくつくつと喉を鳴らす。
「残念だったなあ、水田。それとも、そっちは俺が代わってやろうか?」
「馬鹿言え、関東のカオとして行くんだ、ダルマ置いときゃいいってもんじゃねえんだよ」
「木偶にダルマねえ、相変わらず口の減らねえ野郎だなおい」
「もう、食事のときくらい、喧嘩しないの」
がワインを揺らして、眉尻を下げた。すみません、と水田は項垂れたが、俺の新車はどうです、ランボルギーニ、と入山が芙由子の方へ身を乗り出したので、苦虫を噛み潰しながら舌打ちをした。
と、橘がひと息にグラスを煽ると、おもむろにを見つめる。
、その合宿、一日後ろへずらせねえか」
「え?」
「俺が乗せてってやる」
「え、でも、叔父さま」
「たまにはいいだろ。俺もちょうど、寺でも巡って、羽を伸ばしてえと思ってたところだ」
ダメか、と橘に問われると、は弱い。幹事の友人も、宿はまだ予約していないと言っていたので、日程自体、もう一度相談してみますね、と微笑んだ。満足そうに目蓋を伏せる橘を前に、兄弟三人は開いた口をゆっくりと閉じる。当初通りなら俺で、とも、新車のロングドライブに、とも、そもそも一日ずれるなら俺でも、とも、言い出せる様子では到底なかった。
そして予定調和よろしく、日程変更は難無くゼミ生たちに受け入れられ、この夏の休暇は叔父と姪とで仲睦まじくのドライブ旅行、と相成ったのである。