不意に目の奥を鈍く刺すような痛みが襲い、水田は暫し、眼鏡を外して眉間を指で押さえる。
疲れているのかもしれない。このところ系列組織の解体を余儀なくされるなど、組の動向はめまぐるしく、水田はその痛手の補填に奔走していた。橘の気を揉ませるようなことがあってはならないと、情報はどんな小さなものもつぶさに拾い集め、その中から適切な取捨選択を繰り返し、組の安寧を保つことに執心してきた。甲斐あって、橘は水田の功を労い、千一がいれば組は安泰だな、とまで言ってくれた。寄せられる全幅の信頼に身を震わせ、その期待以上のものを見せたくて、水田はさらに邁進した。橘のためにならどんな辛苦も厭わないのだが、さすがに身体は正直である。
「おやじ、気分が優れませんか」
水田を振り向き、鷲頭が案じた声を出す。
「お宅までお送りします、すぐ車の準備を」
「いや、大丈夫だ」
少し大きく顎を仰け反ると、水田は部屋を出て行こうとする鷲頭を止めた。それより明日、九瀬組の若い連中に集まるよう言っておけ、と告げると、鷲頭は喉元まで出た異論を飲み込むような顔で、一拍置いてから、わかりました、と頭を下げた。
鷲頭が電話のため退室すると、水田はひとつ、大きく息をつく。おやじに心配をかけねえようにと頑張ってきたが、当の俺が子分に心配かけるようじゃあ、締まりがねえな、と自嘲する。振り返ると、飾り棚に並べたとりどりの中から、中国茶を入れた缶の群れへ目を滑らせた。
夫の海外出張に付き従うは、現地で市場をまわるのが楽しいらしく、都度、こうした土産を持ち帰ってきてくれる。橘へは酒、水田へは茶葉であることが多かった。つい先日も、疲労回復に効能のあるという茶葉をもらったのだが、それをまだ試していないことに気付く。
千一は、自分を後回しにすることが多いから、無理してないか心配だわ、と眉尻を下げたの顔が思い出される。ああ、俺は鷲頭どころか、お嬢にまで気を遣わせてしまっていたのか。
にび色の茶筒を手に取る。蓋を開けると、さらさらと茶葉のこすれる、心地良い音と香り。それだけでも、凝り固まっていた何かが緩々と解けていくような心持ちがする。
「失礼します。九瀬組の連中、明日の朝には全員例の場所にいるよう、伝えておきました」
「そうか、ご苦労」
戻ってきた鷲頭に礼を言って、水田は手にした茶筒を差し出す。
「少し休もう。茶を入れてくれるか」
鷲頭が、今度は面食らったような顔で寸の間呆けてから、あ、はい、と茶筒を受け取る。心なしか嬉しそうに、それを抱えてまた部屋を出て行った。
今、はシンガポールの空の下である。
こんなに遠く離れていても、この身に休息を与えてくれる、彼女の存在の大きさを思う。
そして、彼女もまた、異国の風の中に、ふと自分を思うことはあるのだろうかと、小さく心の片隅に、女々しい夢を見た。