「これ、奥さんですか?」
底抜けに明るい声が突如、頭上から降り注いだ。ゼニロフはゆっくりと顔を上げる。
目を皿のように見開いて、看守の一人が立っていた。
「ああ……そうだが」
業務用の机の隅に置いていたはずの写真立てが、今は彼の手の中にある。先刻の科白はそれを見て言ったものらしかったので、肯定の返事をした。看守はさらに目を丸くする。
「すっっっごい、キレイな兎ですね」
「ありがとう。用事はそれだけか?」
「ええっいやまあ、そうですけど」
相変わらず冷たいですよ、ゼニロフさん、と、看守は眉尻を下げた。
「こんなキレイな奥さんと、どこで知り合ったんです?」
「私の兄の娘だ。妙齢になったので、どうかと話があった、馴れ初めは強いて言えば、それだな」
「はあー姪御さんですかあ。でも、馴れ初めって言ったって、それより前からイイなとかは、思ってたんでしょう?」
納得したような顔をしてから、看守は、若い男にありがちな穿った質問をぶつけてきた。ゼニロフは僅かに、眉を顰める。
「わかりますよ、こんだけキレイだったら、小さい頃からきっとすっごいかわいかっただろうし。俺だって絶対、こんなカワイイ子と結婚できるってなったら、ラッキーって思いますよ」
ゼニロフが返事をしないのをいいことに、看守は一人、うんうん頷きながら喋った。その間にも、ゼニロフの中に、得体の知れないイライラが募っていく。
「あ、そうだ、今度会わせてくださいよ。こんだけカワイイ奥さん、一度でいいから会ってみ」
「断る」
看守の言葉を遮って、ゼニロフは立ち上がった。
「え、あの」
「終業時間だ。私は帰るぞ」
壁に掛けてあったコートを羽織ると、自らの失言におろおろする看守を一人残して、ゼニロフはさっさと帰途についた。

「おかえりなさい、おじさ……あなた」
「ただいま」
ようやくゼニロフを叔父から夫へと意識転換できるようになってきた妻が、お食事になさいますか、お風呂になさいますか、と尋ねた。
「ああ……そうだな」
ふと、ゼニロフは考え込む。
はたしかに美しかった。それは、紛れも無い事実なのだが。
写真とはいえ、ああも露骨に、妻を女として他の男が見ていたということが、言いようもなくゼニロフをイライラさせていた。
、おいで」
「え、あ、はい……?」
手招きすると、首を傾げながらも従う妻を抱き寄せ、額に口付けをする。
今夜は到底、優しくしてやれそうにもなかった。