「ああ、うん。……あはは、そんなことないって。え、こないだの? ウソウソ、冗談だよ」
さっさと昼食を食べ終えた相棒が、食堂の隅で楽しそうに電話をしている背中を見ながら、ボリスはピロシキを頬張った。
「そんなに拗ねないで、俺だって今すぐ、レイラに会いに行きたいよ」
コプチェフの、絶妙に変化する声色に、よくやるよ、と常々思う。昼休みに入って、この電話でもう五件目だ。レイラの前はニーナ、その前はソフィア、その前は何だったか、もう思い出せない。
どうせまた、近いうちに会おうとでも約束を取り付けるのだろう。今夜は既にニーナの予約が入っているから、明日辺りか? いずれにしろ、コプチェフの尋常でない女癖の悪さが、まったくもって直っていないどころか、悪化している現状を目の当たりにして、ボリスは溜め息が絶えない。
「うん、それじゃあまた明日。楽しみにしてるよ」
案の定、甘く囁くような声で最後にそう言って、コプチェフは電話を切って戻ってくる。椅子を引き、一仕事終えた後のような盛大な溜め息をついて目の前に座ったコプチェフに、ボリスは胡散臭いものを見るような視線を向ける。
「おまえ、いい加減にしろ。はやく身を固めることを考えた方がいいぞ」
「へーへー。ったく、毎度毎度ご丁寧な助言、痛み入るよ。おまえは俺の保護者かっつう」
「心配して言ってやってるんだ。一度に何匹も女の子と付き合って、いつも大変なことになるだろ。職場に乗り込んできた子だっていたじゃないか」
「あれは……悪かったよ、今度はうまくやる」
「あのなあ、そういう問題じゃなくて」
少しも悪びれた風のないコプチェフに、ボリスはほとほと呆れ果てる。ピロシキの最後の一口を放り込んだ。
「そういえば」
口直しに水を飲みながら、ボリスは話題を変える。
「こないだ、局長夫人にお会いしたよ」
おばさまに? きれいな人だろ」
「ああ、おまえが言うだけのことはある。きれいな人だった」
局長は、コプチェフの叔父に当たる人物である。コプチェフが普段、名を口にする女性のなかでも特に、局長夫人については、その美しさを、言葉の限りを尽くして称えることが多かった。
ボリスは密かに、コプチェフは夫人に想いを寄せているのではないか、と思っていた。
道ならぬ恋心を公にすることを憚り、かといって断ち切ることもできないから、本気の恋ができないのだ、と。
「明日のパーティはご夫婦で出席なさるそうだ。午後の式典からお見えになるらしい」
「そうなのか! そりゃあ大変だ、ケーキか何か用意した方がいいな、おばさまは大の甘党だから」
広場の南のケーキ屋に、至急注文すべきだな、と、慌しく言って、コプチェフはまた、電話の方へ駆けていく。そんな様子を見る限りではやはり、ボリスの予感は当たっているように思えた。
「おい、どうでもいいが、パーティの方は、おまえは欠席なんだろ? レイラに会いに行くんだろ」
「何言ってやがる、そんなのはキャンセルだ。おばさまがいらっしゃるんなら、俺はパーティに出る」
ケーキ屋の電話番号を回しながら、コプチェフは、それが当然のことのように答える。
こいつは、一生結婚できそうに無いな、とボリスは思った。