「信っじらんない、それマジで言ってんのォ?」
甲高い声が、きゃらきゃらと笑う。音に合わせて、女の耳に揺れる鈴のピアスがチリチリンとすばやく鳴った。
「あたしは今すぐ、チョコレートパフェが食べたいの! できないってどーいうこと?」
「ですから、今日はもうチョコレートを使い切ってしまいまして……ストロベリーパフェならお出しできますが」
深夜零時のレストランだった。空腹を訴えたの提案で、行きつけの店を開けさせたはいいが、本来ならばとっくに閉店している時間である、店側の提供が可能なメニューは限られていた。それでも、何とか食事はできたのだが。
「ストロベリーなんて、イ、ヤ! チョコがいーの!」
「アリサ、うるせー。食わねーならもう帰るぞ」
ステーキを食べ終わって雑誌を広げていたキレネンコが、雑誌を閉じおもむろに顔を上げる。
「えぇ〜? チョコレートパフェ食べたいよぉ」
「ねーもんは食えねーだろ。俺は眠い。帰る」
「あ、やぁん、待って」
にべもなく言って立ち上がり、すたすたと歩き出したキレネンコを、が追いかける。店員も、慌てて小走りに二匹の後を追った。
「あの、お支払いは」
「いつもどおりだ、後でうちの奴に来させる。いちいち言わせんな」
「今度来たら、あたしの食べたいもの全部出せるようにしといてよね」
「か、かしこまりました」
店員の方を見向きもせず言い捨てて、二匹は店を出た。後には、憔悴しきった表情で肩を落とす店員が一人、取り残された。
「さむうい」
外へ出るなり、が言って、身を竦める。助手席に乗り込むと、運転席に座ったキレネンコに、ルームミラー越しに微笑む。
「ねぇキレネンコ、今度毛皮のコート買って」
「こないだも買ったろ」
「あれは黒でしょ、あたし、白いのが欲しい」
「じゃ何でこないだ、黒を買ったんだよ」
「あのときは、黒の気分だったの。でも今は白がいいの」
キレネンコは、それ以上答えなかった。アジトへの帰路、はとうとうと、白の毛皮がどれだけ自分に似合うかを説明したが、キレネンコの耳にはほとんど届いていなかった。
はわがままな女だった。食べものの好き嫌いは激しいし、欲しいと思ったものは何でも買わせるし、退屈だからと言って、キレネンコの部下を呼びつけて漫才をさせることもあった。彼女のやりたい放題の振る舞いに周囲は困り果て、キレネンコが彼女を傍に置くことをしきりに不思議がっていたが、当のキレネンコ自身は、以外の女を、まるで相手にしなかった。
そして、これは誰もが驚くべきことなのだが、は一度も、キレネンコを怒らせたことがなかった。
彼女の何がそうさせるのか、キレネンコはといるとき、自然と居心地の良さを感じていた。キレネンコにとって、そもそも彼女に対して怒りという感情は、およそ結びつかないものであるようだった。
そして、が自分にとって貴重な存在であることを、認識していた。
「でね、やっぱり、あたしのスタイルが一番良く見える色は、白だなって思ったの。ねぇ、聞いてる?」
「ん、ああ、そーだな」
誰が言い出したか定かではないが、目下、はキレネンコの台風の目だと言われている。