「由美さーん」
扉をほそく開けてひょこっと顔を出し、名を呼んだに、由美はゆっくりと顔を上げ、あら、いらっしゃい、と微笑んだ。
「どうしたの?」
「方治さん探してるんですけど、見当たらなくて……知りませんか?」
「今日は、午後は出掛けるって言ってたわよ」
「ええ! 今日中に目を通していただきたい書類があるのに〜……」
は困り果てたように眉を下げて、両手に抱いた書類の山に目を落とす。ほとほと、という言葉がよく似合うその仕草がかわいらしくて、由美は、悪いと思いながらもつい、笑顔になる。
「しょーがないわねえアイツも。何の書類なの?」
「銃火器の発注票とか援助をいただいた方々への納入告知書とか……あ、あと張さんが勘定書き溜めてて、半年くらい前のもあるんですけど、これ経費で落ちるかどうかもお尋ねしたくて」
「んー、そういうのは、方治でなくちゃわかんないわね」
「ですよね……」
はああ、と肩を落としてため息をついたは、すみませんでした、こんなことでお邪魔しちゃって、と力無く言って、再び扉へと体を向ける。
と、そこへ、几帳面なノックの音がした。どうぞ、と由美に声を掛けられ、扉を開けて入ってきたのは。
「方治さん!! 探したんですよ〜よかった、お出掛けなさる前にお会いできて!」
ぱあっと笑顔になったが駆け寄ると、方治は少し困惑したように、如何したのだ、と尋ねる。
「これ、目を通していただきたくて。こっちはいつでも大丈夫なんですけど、この、束ねてある方は、できれば今日中にお願いしたいんですが……」
「ああ、長谷部氏からの。わかった、何とかしよう。こちらは?」
「あ、それは」
から書類の山を受け取って、詳細に説明を受ける。その様子を、由美はにやにやしながら見守っていた。
「では、そのように頼む」
「わかりました! お忙しい中、ありがとうございます!」
それじゃ、失礼します、と方治に頭を下げ、由美の方へも、お邪魔しました、と微笑んで、は小走りに部屋を出て行った。
「いいわねーえ、方治?」
「? 何がだ」
「あんなのに、方治さーんって纏わりつかれて、あんた何も思わないの?」
「何もとは……いったい何を?」
「……まー、何も無いんなら、別にいいけど」
呆れたように小さく嘆息して、由美はひらひらと手を振った。この男鈍いんだわ、と思いながら。
「で、何か用?」
「ああ、そうだった。三ヶ月ほど前に、安慈から手紙を預かっていないか? 志々雄様からの言伝で、それを嵐山の、例の老人に今日、渡す手筈になっているのだ」
「ええ? あったかしらぁ、そんなの」
面倒くさそうに棚を探し始めた由美に、今度は方治が嘆息して、一時したらまた来る、と言って、部屋を後にした。
自室へ戻る道中、から受け取った書類に目を通しながら、ふと、先程の由美の言葉を思い出す。
何も、とは。
……思うことが、ないわけではない。
そりゃあ、私を見つけて、あんな笑顔をされたのでは。
思わないわけがない、男として。
「───……くだらん」
ぼそ、と呟いて、一振り、頭を揺すると、仕事のことへと頭を切り替える。
比叡山の午後は今日も、ゆっくりと過ぎていく。