街で偶然会ったは勝手に後をついてきて、店に入ると何の躊躇いもなく俺の隣に座った。今は、昨日見たという猫の親子の話をしている。
「でね、二匹ともまっくろなのに、しっぽの先だけ白いの」
「ウルセーな、お前もう帰れよ」
「え〜」
「えーじゃねーよ、俺はこれから仕事なの」
「あたしはヒマなんだもん」
「俺はヒマじゃねーんだよ」
「いーじゃない、ちょっとくらい付き合ってくれたって」
は何かと、俺に纏わりついてきた。コイツの持ってくる情報は貴重なものが多く、仕事の上では重宝する存在だが、たまにウザい。
「お前の相手は疲れるんだよ」
「へー、ユキさんて字、こう書くんだ」
「は?…………って」
思わずポケットをさぐる。中は空で、顔を上げるとの手には、見覚えのあるカードケース。銀の光沢がまだ新しいそれは、兄貴が創業祝いに買ってくれたやつだ。
「あはは、いつ見てもおもしろい社名」
「っの、返せ!」
「あ、いやーん!」
ばっと腕を伸ばすと、もすいっと手を高く挙げる。それを追いかけて白くて細い腕を掴むと、いたあい、と甲高い声で暴れた。
「─────何やってんだ、お前ら」
「ゲ」
「あ、シノブちゃん」
ようやくカードケースを取り戻したところで、声をかけられる。視線をめぐらすと、呆れ顔の吾代が立っていた。
「ったく、こっちぁ仕事の話しに来てるってのによォ、随分仲がよろしいこって」
「えへ、そっかなぁ」
「ちげーよ、バァカ」
お前は帰れ、との背中をポンッと押すと、わかりましたよーだ、とふくれながらも、は鞄を掴んで席を立つ。
「じゃ、またねー」
「おう」
「もう来んな」
「んもーユキさんてば」
けらけら笑いながら、はピッと右手を敬礼する。指には、俺の名刺。
「あ、テメッ」
「『しあわせによろしく』」
ぱちんとウインクして、後でメールするからー、と楽しそうに笑って、は店を出て行った。
「随分仲がよろしいこって」
「……ウルセーよ」
吾代のニヤけた面にイライラしながら、まだ揺れているドアベルを苦々しげに見つめる。
何て女だ、と思った。