喫茶店を飛び出した笛吹は、駐車違反取締中の婦人警官を見つけ、しかもそれが顔見知りであることに気付き、しめた、と思った。 「!」 「あれ、直。どーしたの、仕事中?」 「パトカーを出してくれ、本庁へ戻る」 「え、何、どゆこと? ていうか、私も仕事中なんだけど!」 路肩に停車していたパトカーに駆け寄ると、驚く彼女に、とにかく頼む、と唾を飛ばす。 連続放火事件が起きていた。ここ三週間で五件。聞き込み捜査に出ていたところに、捜査指揮官から、捜査員はひとまず全員戻るように、との連絡があった。状況が変わった、と、苦虫を噛み潰したような声で。 「それってさあ、やっぱ、あの探偵さんの推理が当たってたってことかな?」 国道を西へと走らせながら、は言った。その口調は、どことなく楽しんでいるようでもある。 「何とかって政治家の、秘書の弟だっけ? 警察に圧力かけてくるくらいの、理由も力もそれなりにはある」 「まだそうと決まったわけじゃない」 自分の中でも確信に近いものを抱いていたはずの想定を、笛吹は険しい顔で否定した。 「あの高校生探偵、すごいよね、四つ目の現場近くで偶然会ったその被疑者に、いきなり、『犯人はお前だ』って言ったんでしょ?」 「奴はいつもいきなりだ。まるで事件に、犯人に引き寄せられるかのように、気がつくと核心の部分にいる。嗅ぎ当てている、と言った方が正しいかもしれんな」 「笹塚くんのご贔屓もあるしね」 噂の女子高生探偵と大学時代の友人の関係を、笛吹があまり良く思っていないことは、も知っていた。同時に、それが半ば羨望の裏返しであることも、何となく気付いていた。だから、顔を顰めて、黙って運転しろ、と言った笛吹を、本当にかわいくない奴だ、といとしく思った。 そして、ああなるほど、と、一つの仮定に思い当たる。 「それでまた、笹塚くんとケンカでもしたの?」 「何のことだ」 「聞き込み行くのに車出してもらったのに、呼び戻し喰らって、直はそういうの断れるタイプじゃないもんね。でも笹塚くんはそんなの可笑しいってきっと言うでしょ。それで、一人で戻るって啖呵切ったはいいけど、足が無くて困ってたところに、私がいた」 「妄想も大概にしろ。それでは、笹塚は指揮官の命令違反だぞ」 「そうだけど。笹塚くんなら、そのくらい恰好好いとこ見せてくれるかなあと思って」 「恰好が好いとか悪いとかで、警官が務まるか。だいたい、奴は今日は非番だ」 下らん、とばかりに笛吹は、助手席で腕を組む。 「─────尤も、私が非番の刑事を無理に呼び出して車を出させた先で、事件が核心に迫って、お前の言うような話の流れになったとして、その非番の刑事が知り合いの探偵事務所へ向かうというのを、私が引き止める理由は、無いがな」 ひゅんひゅんと流れ去る車窓の景色を一瞥して、笛吹はふっと、息を吐く。え、と言ったまま、は二の句が次げない。 ただ、笛吹の言ったことが真実なら、この男は大分、変わったな、と思った。 少なくとも、私と付き合っていたころより。 「……………それは」 「何だ」 「お世辞にも、恰好好いとは言えないけどね」 「お世辞などいらん」 フンと鼻を鳴らして踏ん反り返る笛吹に、は苦笑する。威張ることじゃないじゃない、非番の刑事を呼び出すなんて最低、と言って、ハンドルを右へ切った。 「着いたよ」 「ご苦労」 「婦警ナメないでよね」 勝気にピッと人差し指を立てて、は笑みを浮かべる。今度何か奢ってよね、と言った声はやはりどこか楽しそうで、去っていくパトカーの後ろ姿を見送りながら笛吹は、気が向いたらな、と小さく、返事をした。 |