「……………先輩」
躊躇いがちに声をかけると、長身の背中がゆっくりと振り返る。
ああ、好きだなあ、と思う。
筑紫先輩に気持ちを伝えたのは、一週間前のことだった。
(─────え)
先輩は、一瞬止まって、それから少し驚いた顔をして、ぽかんと口を開けたまま、私を見ていた。
(……返事は、いつでもいいです。待ってますから)
それじゃ、と言って、足早に講義棟を出た。逸った心臓がすぐにはおさまらないで、どくんどくんと大きく脈打って、煩かった。
ずっと好きだった。大学に入学して、田舎から出てきたばかりの私は、図書館までの道を教えてくれたあの大きな手を、すぐに好きになった。それからずっと。
「一週間も待たせてしまって、ごめん」
先輩はまず、ぺこ、と頭を下げて、そう言った。
「そんな、大丈夫です。待ってるのも、楽しかったから」
さん」
名前を呼ばれる。
先輩の声が好き。
まっすぐな瞳が好き。
少し硬そうな髪も、好き。
「はい」
大丈夫。
その場で返事を聞かなかったのは、私の心が弱かったからだ。
今なら、大丈夫。
どんな答えでも、たとえ「ごめん」と言われても、受け止められる。そのための、一週間だったのだから。
「俺は、その……さんのことを、正直、よくは知らなくて」
「……はい」
それはそうだ。同じゼミの先輩後輩とは言え、私と同じ一年生は十人もいる。他の学年も合わせれば、五十人近くが所属している。その中で特別親しくなるには、半年は、短すぎた。
「だから」
目を閉じたくなる。耳を塞ぎたくなる。
でもダメだ。
受け止めるって、決めたんだから。
先輩の唇が動く。脳に微温湯を満たしたみたいに、不自然な重さを感じる。
「もっと、さんのことを知りたいと、思うんだ」
え、と思った。
言われたことの意味を、一生懸命考える。
それは。
「……………あの、それは」
「……たぶん」
先輩は少し視線をずらして、鼻の頭を掻く。照れているときに、よくする仕草だと知っていた。
「俺は君のことを、好きになる」
「え」
「……かもしれない」
「な」
何ですか、それ。思わず言ってしまってから、あっと思った。先輩はそんな私に苦笑して、そうだよな、と言った。
何ですか、それ。
もう一度言う。不満そうな声を出した、つもりだった。だけれど反して、微笑んでいた。
だって仕方がない、嬉しいのだから。