いつもそそくさと帰るが今日はやけにのんびりしていると思い、訊くと、バイトが休みなのだという。 コーヒーを一杯付き合わせて、駅まで送ろうと連れ立って部屋を出た。 街はだいぶ春めいてきたが、日が落ちると、やはりまだ上着の恋しい季節だ。皮ジャケットのポケットに手を突っ込んでぶらぶら歩く斜め後ろを、オフホワイトの薄いコートを羽織ったが黙ってついてくる。秋口に、誕生日だというから買ってやったヤツだ。少しこそばゆいような気持ちになる。 そうか。 と出会って、もう半年が経つ。 時の過ぎるのは早いもんだ。俺はまだまだのことを少しも知らない。半年もこんな関係を続けながら、それはちょっと不甲斐無えんじゃねえかなと思う。 駅の裏手は民家や古い商店が多く、割合しんとしている。小さな公園があって、その入り口に構えた桜の木が、薄暗闇の中に白い花弁をゆっくりと散らせていた。 「─────きれい」 ふと、が呟いた。それは思わず口から出た、という雰囲気の言葉で、振り返ると、いつも俯き加減のが白い顎を反らせて、今にもこぼれおちそうな花の枝を見上げていた。 「桜、好きなのか」 「……夜、は、あの……きれいだな、と思います」 夜の方が、静かだから、と付け加えたの答えに、笑って、俺もだ、と頷く。 どんなものを見て、聞いて、好きだとか、きれいだとか感じるのかなんて、そんな些細なことでさえ、相手の何かを知るということが、こんなに愉快な気持ちになるもんだと、初めて知った。 |