熱を持った両目を持て余して、見るとなく街を眺めていた。
泣いて泣いて泣いて、泣き疲れて辿り着いた答えのあまりの単純さに、はただ驚いていた。しかし気付いてしまった今となっては、それ以外の全てがまるで嘘のようである。そう、ほんの少し前までは揺るぎない真実と信じて疑わなかった、愛さえも。
細く開けた窓から、切れ切れに喧騒が届く。マンションの十階はの恋人が見晴らしの良さに拘って借りたのだけれど、その恋人は膨れ上がった借金の返済をに押し付け、完済と同時に、の前から姿を消した。彼の面影すら残らないほどがらんとした室内をゆっくりと見回して、ああ本当に彼はいなくなったのだな、とぼんやり思う。彼の荷物も家具も家電も全て処分した。部屋も解約した。鍵を返してしまえば、もう、私は自由だ。世間ではこういう女を騙されたとか言うのだろうけど、不思議と絶望はしていない自分を、は誇らしく思っていた。
気付いてしまった。なぜ、早乙女を思うとき胸が痛むのか、その理由に。
愛した人を苦しめていたはずの男に、いつの間にか惹かれていたんだ。
私は、愛してしまったんだ、早乙女さんを。
恋人の借金を肩代わりしたを、早乙女は週に一度、抱いていた。その分の報酬も返済に充てられていたのだが、早乙女が時折見せるを気遣う仕草や風貌に反して柔らかな物腰の会話、それらに触れる内、寡黙だったも次第に早乙女に心を開くようになっていった。もともと、互いの持つ空気が肌に馴染んだのもあるのだろうが、一年も経つころには、一緒にいることが当たり前のように、二人は隣り合っていた。
しかし、それももう過ぎたことである。
借金の返済が終われば、と早乙女が一緒にいる理由はない。
が早乙女と最後に会ったのは、一ヶ月前。残っていた金額を全て揃えて渡したその日きり、連絡も取っていない。
何にもなくなってしまった。
目に見えるものは全て。
彼も、部屋も、お金も仕事も。
早乙女さんも。
だけど、私は大丈夫。
窓を閉め、は立ち上がった。太陽が傾きかけている。夕方になる前に、ここを出なければならない。
重く圧し掛かっていた両の瞼は、だいぶ熱が引いてきていた。人間という生き物は案外単純に出来ているようで、この世の終わりのような苦悩の中を過ごしてきたというのに、たった一つ、縋るべき糸の端を掴んだだけで、こんなにも晴れやかに悲しみと決別ができるのである。
彼がいなくても、早乙女さんにもう会えなくても、私の手の中に何も残っていなくても。
花に水を与えるように、あの人は私に笑顔を与えた。
早乙女さんが最後に私にくれたもの。それだけで充分、私はきっと生きていける。