「─────……あ、の」
「ぁん?」
私に向けられた、一糸纏わぬ広い背中に、小さく、声をかける。煙草の煙が燻って、早乙女は私を振り返る。
「どうした」
「…………あ、えっと」
何と言えばいいのだろう。
言葉にしようと思ったのが、伝えようと思ったのが、そもそもの間違いだったような気がしてきて、きゅうっとシーツを握り締めた。
彼の、背中に。
背中だけではない、体中に、生傷が絶えない。
一週間に一度、私は彼の体を直視する。その度に、見たことのない傷が増えている。私が知る限り、減ったことはない。
嫌だ、と思ったのだ。
こんなふうに、刻まれて、抉られて、男の人にしては白い肌が、汚れていくのは。
この傷が、いつか彼の体を埋め尽くした時。
彼は私の目の前からいなくなってしまうのではないか。
考えただけで、心臓を鷲掴みにされたような、衝動。
この人がいなくなったら私は縋るものを何一つ持たないで恋人の暴力と借金にゆるゆると首を絞められながら生きていくしかできなくてそれは本当に生きているの? それは生きていながら死んでいるような気持ちできっとつらくも怖くもないけど楽しくもしあわせでもないそんな毎日をずっと続けて続けて続けて続けて続けて
「おい?」
呼ばれて、ふっと顔をあげる。けれどすぐに、ごつごつした大きな手で視界を覆われる。
「…………え」
、オマエ顔色悪い。大丈夫か?」
熱はねーみたいだが、薬とかあったかな、と言って、早乙女はベッドから立ち上がる。
「頭痛薬しかねーや。ま、何でもいいだろ」
飲んどけ、と放って寄越された青と白の箱が、私の目の前にぽとりと落ちた。
泣きたい。
早乙女はいつも、私が顧みない私の体の不調を見逃さない。もっと体大事にしろ、と、いつも怒られる。
泣きたくなるんだ、そんなこと、あなたに言われたくない。
「…………………………ない、で」
「あ?」
「…………けが、とか、……あんまり、しないでください」
絞り出すようにやっと、それだけ言うと、何だそりゃ、という顔をした早乙女が私を見て、何だそりゃ、と言った。
「俺が怪我すんのがヤなのか」
「……ヤ、です。……痛そう、だし」
「オマエの体じゃないだろ」
「…………早乙女さん、は」
のそ、と起き上がると、薬の箱をそっと、手に取った。
「もっと自分の体、大事にしてください」
ゆっくり、ベッドから降りると、お水もらいます、と言って、台所の方へ歩いていった。
この人のぽかんとした顔、初めて見るな、と思いながら。