「─────それじゃあ」 いつものように駅までを送り、改札で別れる。 もう何度繰り返したか知れない、奇妙な木曜が、今日も終わろうとしていた。 空が沈む夕陽の橙に滲んで、構内までその色を這い伸ばしている。出て行く人並みと入り込む人並み、立ち止まる群れは、誰を、何を、待っているのだろう。 「……あの」 遠慮がちなの呼びかけに、頭一つ分、小さな彼女を見下ろす。 「ん」 「その、今まで」 ありがとうございました、と言って、はぺこっと頭を下げる。予想もしていなかった行動に、少々困惑した。 「おいおい、借金取りに礼なんか、言うもんじゃねえぞ」 「……そう、ですよね、可笑しいですよね、でも」 狼狽えた様子に少し笑って、は、言葉を続ける。 「それでも、とてもお世話になったから」 「世話なんかしちゃいねえよ」 「私が、お礼を言いたかったんです、それだけ。……気にしないでください」 の恋人が早乙女金融に対して作り続けていた、膨大な借金を、昨日、漸く完済した。借金の形に毎週寄越されていたの務めも、晴れて終わりというわけだ。 もう、会うこともない。 「……そろそろ、行きますね」 ガタンガタン、とホームへ入ってくる電車の音がして、は改札を振り返ると、もう一度、頭を下げて、歩き出した。 駅を照らす橙が濃くなる。 人並みが動く。 誰を、何を、待っているのか、待っていたのか。 少なくとも俺は。 を待っていた日々は、たしかに在った。 「─────!」 階段を上がりかけた背中が、ゆっくりと振り向く。 「ありがとうな!」 大きく手を振る。困ったような顔をしたは、少しはにかんだようになって、初めて会った頃とは随分変わった、と思った。 ちゃんと、笑えるようになったじゃねえか。 …………ああ、何だ。 「そういう意味で、『ありがとう』、かよ」 ガタンガタン、とホームを出て行く電車の音が、小さく呟いた声を掻き消していく。 なあ。 お前に会えて、良かったと思ってる。 俺の何かがお前の笑顔に繋がってるなら、嬉しいと思う。 誰かにありがとうなんて、久しぶりに言われた。いやそもそも、言われたことなんてあったっけか。 「……なあ、」 俺の「ありがとう」は、ちゃんとお前に届いたのか? |