女詐欺師は駆け出した。
幸せな家庭は皆眠りに落ちた、真夜中の街だった。
やがて漆黒の空へと這い登る橙の光の筋は、酸素を求める悪魔の手。きっと燃えてしまうのは、今の今まで彼女に愛を吐いていた男。だがそれも、背中に置き去り。
追いかけなければ。
今の彼女は最早、「それ」を追うためだけに生きていると言っても良かった。
緩い上り坂を疾走し、黒のピンヒールが折れるほど軋んで、公園の手前でようやく止まる。
「いけないな、若い娘がこんな時間に」
男の声が言った。それは彼女の数歩先に立つ人影が発したもので、言葉は彼女を諌めているようでいて、声音にその気配は微塵も無い。
「何だ、おまえ」
「…………
短く、彼女は答えた。ゆっくりと振り返った男を、知っている、と思った。
連続放火容疑で指名手配中の、葛西善二郎。
ますます素敵。彼女の頬は、みるまにばら色に染まる。
「─────パパに似てるわ」
「……は?」
坂の下の方で、雷が落ちたような轟音がした。
自由を謳いごうごうと踊る火柱が街を照らして、まるで昼のよう。これが見たくて、坂の上の公園へ来たのね、女詐欺師は得心顔で、火柱から再び、連続放火魔へと視線を戻す。
「好きなの、あなたのこと」
闇を焦がす炎より熱く、燃え盛る恋は走り出した。もう、止まらない。