天気の良い日だった。
彼女の希望で車は東を目指し、海岸線へ出た。開け放した窓から風が吹き込んで、心地良い。もう春ね、と言ったの声に、そうだなあ、と笑って、ハンドルを左へ切る。滑るように駐車場へ入ると、車を停めた。
週末の浜辺に、二人以外、人の影は無かった。
風ははるばる海を越えて、南から渡ってくる。砂の上をゆっくりと歩くの背中に、彼女の黒髪を掬い上げて、毛先がちらちらとあそんでいる。小さな体はゆらゆら揺れて、そのまま、風に攫われてしまいそうで。
「─────……久宜、?」
その声も、瞳も、何もかも。
どこへも遣ってしまいたくなくて、伸ばした腕は自然、を抱き締めていた。
の向こう側に見える薄墨色の影は時折、何の前触れも無く、をこの腕から奪っていくのではないか、と思わせる。それはたとえば今日のような、風の強い日。
それを許さないと思うのは、それが彼女の幸福を容赦無く殺すだろうと思うからだ。
させるか。
この腕を、伸ばせば届く距離より遠くへ、を行かせてしまいたくない。
それは、恋だな。
ここしばらく、彼を悩ませていた自分の感情に、名前を付けてみる。
そうして久宜は、その答えの簡潔さに、笑みすらこぼした。