「─────………寝てる」 目の前にある見慣れた顔に向かって、呟いた。 低血圧の私が久宜よりも早く目を覚ますなんて、珍しい。だから、久宜の寝顔を見るのも、珍しい。何だか、得した気分。 起こさないようにそっと、寝息をたてる唇に、触れてみる。いつも微笑んでいる、私とキスをする、私の名前を呼ぶ、その唇。私のよりは少し薄くて、なかなかいい。 、と初めて呼ばれた日を思い出す。あの日は雨が降っていて、傘が一本しかなくて、二人は狭い路地を歩いていて、脇を通り過ぎた車が撥ねた水から、久宜は私を庇うようにして抱きすくめて、そして、私の名を呼んだ。私は、彼の唇が私の名をなぞって動くのを、じっと見つめていた。 くっつけたままの人差し指を、ゆっくり離して、代わりに私の唇を、ちゅっと押し付ける。 こんなに気分がいいのは、久しぶりだわ。 |