雨が静かに、窓を叩いていた。
生憎の天気で予定していたデートがフイになってしまい、は少し、ご機嫌斜めだった。テーブルに頬杖をついて久宜の左手を弄りながら、つまんないわね、と呟いた彼女の瞳は、心ここに在らず、といった様子。久宜は、どうしたものかなあ、と考えあぐねる。
水槽の浄化装置が、コポコポとくぐもった音をたてている。
弄られていない右手の方でマグカップを持ち上げると、紅茶を一口、含んだ。兄弟揃って甘党なので、砂糖のやわらかな口当たりがふわっと広がる。はクッキーをひとつ、つまんで口に運んだ。

「うん?」
触れ合っていた右手と左手が、離れる。と同時に、離れていた唇と唇が、軽く、触れ合った。
「……今日のも、なかなかの出来栄えで」
「…………ありがとう」
啄んだクッキーを美味しく頂きながら、久宜は微笑む。そのまま腕を伸ばしての肩を抱き寄せると、抵抗無く彼女の体が腕の中に収まる。
大切なもののためにいつでも最良の選択をしてきた。そのつもりだった。
こんなことになるなんて。
欲しいものが、こんなに近くにありながら、これほど手に入れ難い。
けれど自ら望んで歩いてきた未来が、今であるはずなのだ。だから、後悔はしていない。
ただ。
ただ純粋にを愛し、彼女をこの腕に抱けない自分を、哂ってやりたいだけだ。
のやわらかな唇を貪りながら、打算も駆け引きも無い恋に、もう戻れない二人に、それでも溺れていく自分に、安堵のようなものさえ感じていた。この契約が有効である限り、の意識の中に、自分という人間が存在し続けられる事実は、とても幸福なことのように思えた。
長い口付けの内に、テーブルに忘れ去られた紅茶のように澱んで、小さく震える幸福を他所に。
雨は静かに、窓を叩いていた。