は気紛れに、歌を口遊むことがある。
それが好きで、久宜ははじめのころ、会う度に「今日は歌わないのか?」と尋ねていた。が、彼女は歌いたいと思わなければ歌わないので、そのうち、時鳥の初音でも待つような気持ちで、彼女の歌を愉しむようになった。
雨の降る明け方。
夕焼けの橋の上。
海を見に行った昼下がり。
彼女の唇からふとこぼれ落ちる旋律を、目を閉じてじっと、享受する。
それはまるで、微温湯のようなとの時間を具現した絹糸のごとくゆるやかに、久宜を絡めていくのである。