彼の瞳はいつも優しく、そして冷たかった。
外出は決まって夜更けだ。どこへ行くのかと尋ねても、ただ絵画のように微笑んで、人差し指を唇に当てるだけ。
それは内緒、と囁く彼の声は、弱めのアルコールみたいだな、と思う。知らない間に、私の脳をとろかせるのだ。
ひんやりと肌に貼り付く街の空気を、音も無く切り裂くように、二人は駆け抜けた。繋いだ手の温度はたしかに在るのに、それがひどく不安定で、もし今、瞬きをしてしまったら、次に目を開けたとき、そこに彼はいないような気がして、心が揺れて困ってしまう。
ああなんてこと。
こんなに悲しい恐怖は、初めてだわ。
いつもの路地裏でピタリと足を止めた彼の、淡い白の背中に、ヨハン、と小さく呼びかける。
彼が振り向くまでの短い時間の内に、いったい地球は何回まわるのかしら。
「何だい、
小首を傾げて、彼が私を振り返る。
「ううん」
彼はいつか、私の前からいなくなる。それはわかっていた。ひょっとしたらいなくなるのは私の方で、それはきっと彼の手によるのだろうと、最近では思っていた。
ああなんてこと。
「……大丈夫、だよ」
こんなに愛しい恐怖は、初めてだわ。