雨が降っていた。
まだ午後の二時を回ったところだというのに、ここ三日ほど降り続く雨のせいで廊下は薄暗い。その薄暗い廊下を歩いて、自身の研究室へと戻ってきたギーレンは、今日も変わらずそこがあたたかなコーヒーの匂いで満たされていることに、ほっとした気分になる。
「おかえりなさい、先生」
「ああ、ただいま
「コーヒー淹れましょうか」
「いや、いいよ」
立ち上がる助手を押し止めて、自らシンクの前に立った。
「一向に止みませんね」
「そろそろ勘弁してほしいね、これじゃあ、外へ調査に出る気も失せてしまうよ」
「それで今日はお帰りが早いんですか」
「まさか。ちゃんと仕事はしているさ」
ギーレンは苦笑する。の言葉はときどき、冗談なのか本気なのか、判別がつかない。彼女が常に真顔なのも、要因の一つだとギーレンは思っていた。
自分用のカップにコーヒーを淹れて、デスクへ戻ろうとの横を通り過ぎたとき、ふと、ギーレンは鼻を動かす。
「おや、
「はい?」
「シャンプーを変えたのかい?」
何の他意もなく、ただ、いつもと違うと思ったからそう言っただけだった。
振り返ったは、これにも表情をちらとも変えずに返答する。
「先生、それ、セクハラになりますよ」
「え」
淡々とした口調で言っただけで、は再び、手元のレポートに顔を戻してしまう。
いや。
その。
私は別に、そういうつもりで言ったわけでは。
いろいろと弁解の言葉がギーレンの頭の中を回ったが、結局、すまない、と言うしかなかった。それで、そそくさとデスクへ戻ると、それとわからないほど小さく、溜め息をついた。
最近はそう易々と女性を褒めることもできなくなったな、と思った。