そぼ降る雨が身を切るように冷たい。 夜も更けた。 路傍に蹲っていた呻き声は、次第にか細くなり、やがて、止んだ。兼定の吸った血糊を、一振りして払うと、鞘へ戻す。足元に転がった、骨の拉げた傘を、足で乱暴に退かして、何事も無かったようにその場を立ち去る。 月も無い夜に雨が降る。 ひんやりと肌に貼り付く静けさの中を、町外れの荒れ寺を指して歩く。 「、様」 呼ばれた。 ような気が、した。 立ち止まった草鞋が、ざり、と、耳障りな音をたてる。 「お侍様」 雨音に溶けるような微かな声が、数歩先で白く、浮かび上がった。 夜鷹か、と、柄に掛けた手を、幾分緩める。 「今夜一晩、買うてくださりませ」 細身の女だった。雨避けの上着を頭から被って、両手で顔の前へ掲げている。裾からのぞく唇だけが赤く、端を僅かに吊り上げて、笑んでいるのだった。 「どうか」 「買わん」 「一晩だけ」 「失せよ」 「買うてくださりませ」 「斬られたいのか」 鍔鳴りをさせて凄むが、女は動じた風も無く、くす、と小さく、笑みを漏らす。 「今夜はもう、吸うたでしょう」 「な、に」 「ねえ、兼定」 息を呑む。雨でない滴が、首筋を伝う。 「……兼定を、知っているのか」 「存じておりまする」 音も無く女は、歩数を縮めていた。息遣いの温かさを感じるほどまでに、近い。 「私を呼んだのは、他でもない」 く、と両手を、さらに高く掲げた女の、漆黒の瞳が、覗き込むようにして見上げる。 「貴方でしょう、佐々木様」 赤い唇が、妖艶に言葉をなぞる。 「を、今夜一晩」 買うてくださりませ、と今一度、繰り返した女の。 美しさに、目を見張った。 |