青い空が美しい、とあなたは言う。 それは本当にあなたにとって意味のあることなのか、と私は思う。 庭園の果実が美味しい、とあなたは微笑む。 それは本当にあなたにとって意味のあることなのか、と私は思う。 ときどき、本当は何もかも、あなたにとっては取るに足らない、机の塵ほどの価値しか持たないのではないか、と私は思う。 それは早朝にひらく花のつぼみであり。 夕暮を縫って飛ぶ鳥の群れであり。 大海原を風を切って進む真っ白な帆船であり。 この世界そのものであり。 ときどき、あらゆるものを分け隔てなく限りなく、あなたは愛して、その胸に抱くことさえできるのではないか、と私は思う。 それは腐敗臭のする街の片隅であり。 夜を赤く染め上げる憎しみの炎であり。 寂しさを売り歩くみすぼらしい継ぎ接ぎの衣であり。 この世界そのものであり。 * 「陛下」 あずまやの影にちらちらと揺れる白金の光に、私は声を掛けた。振り返る気配は無い。 「サラレギー陛下」 コツ、と一歩、前へ進み出て、もう一度、呼んだ。 彼と相対するのが私は苦手だった。 鏡を見ているような気分になるからだった。 ゆりが、白い大きな花弁をもたげるように微笑む彼と、口角を上げるのが下手で眉を下げるのが得意な私とでは、少しも似ていないのに、いつのころからか、彼を通して私自身を見ているような気分になることに、気付いてしまったからだった。 その理由も知っていた。 つまり。 私は。 彼を。 愛していた。 心から。 そう、心から。 この遣る方無い想いを消滅も成就も昇華も、させる気もなくて、気高く傲慢で気紛れな彼の後ろを、ただ黙って付き従うだけで良かった。 それだけが私の望みだった。今までもこれからも。 彼がどこへ行こうとも。 彼がどこへ向かおうとも。 * 「陛下」 あずまやのベンチの背凭れに左手を置いて、背中越しに覗き込むと、冬のはじめに舞う粉雪のように静かに、彼は寝息をたてていた。 「サラレギー陛下」 もう一度、呼ぼうとして、止めた。 はすに眺める彼の寝顔は一際、美しく見えた。 時が止まってしまったかのような錯覚さえおぼえた。 どこへ行かれるおつもりですか。 どこへ向かわれるおつもりですか。 あなたは。 あなたを愛しておいでですか。 ─────君の答えと一致しなければ、君は付いて来てはくれないのかな、。 木立を唸らせて、風が吹き去った。 * 「陛下、サラレギー陛下。お起きになってください、こんなところでお休みになられては、お風邪を召されますよ。……さあ、お部屋へ戻りましょう」 |