「これ、山野さんのカルテ。よろしく」
「はい」
「栗田さんにはいつものお薬出しといたから、処方箋お願いね」
「はい」
「それから富原さんに、そろそろ定期健診ですよって連絡、してあげて」
「はい」
「あと警察からこないだの解剖結果の資料返ってきてたから、後で倉庫に戻しておいてくれる?」
「はい」
「ああそうだ、くん」
カルテを片付け薬の処方を確認し患者名簿と警察から届いた封筒を抱えて診察室を出ようとしたを、里村が呼び止める。
「何ですか」
「これ、受付に生けといて」
蒲公英の花だった。
「どうしたんですか、これ」
「栗田さんがお孫さん連れて来てたでしょう、土手で摘んできてくれたみたい」
「先生に、ですか」
「お爺ちゃんを治してくれてありがとう、だって。かわいいよねえ」
にこにこしながら言う里村から蒲公英を受け取って、は少し、その黄色い春の花をくるくると回してみた。土と草の青い匂いが鼻を擽る。
「わかりました。花瓶になりそうなものを探して、受付に飾っておきますね」
「うん、お願いね。ああそれから」
まだ何か、と小首を傾げたに、里村はもう一輪、蒲公英を差し出した。
「これも栗田さんのお孫さんが?」
「いいや、これはさっき、そこで摘んだやつだよ」
「先生が摘んだんですか」
「それは、くんにあげる」
笑顔で頷いた里村の言葉に、蒲公英を受け取ったは、え、と目を丸くする。
「いつもご苦労様、ってことで」
「はあ」
突然のことに面食らった様子のを、里村は愉快そうに眺める。彼女の、感情の起伏に乏しい表情の僅かな変化を楽しむのが、最近の里村の凝り事だった。
「ありがとうございます」
どことなくぎこちない手つきで胸元のポケットに蒲公英を挿して、は礼を述べた。里村は満足気に、どういたしまして、と笑う。
理由も無いのに心が浮つく。
春は、良い。