風の心地良い場所へ来ていた。
あの人と出会った場所。ここは空が近くて、死ぬには好いところだと思って選んだのだけれど、奇しくも私の生の原点となってしまった。
草花が素足を擽る。数歩先は奈落の岸壁。こんなに長閑な景色をこんなに静かな気持ちで眺めることができるなんて、思ってもみなかった。
助けてくれた。あの人が。
丘の上の、教会に棲む人。
生き物であることを止める決心をした私が、世界と一つになるために、崖下へ吸い込まれようとしたそのときに、姿を見せてくれた人。
ああ、あのとき、私の足元で小さく揺れていた、ひなげしの花。私が一度だけ教会を訪れた日に、あの人が手入れをしていた花壇にも、おまえは揺れていた。私の死を、嘆くように、惜しむように、精一杯からだを伸ばして、引き止めてくれているようだった。
それで、私は死ぬのを止めた。それは紛れも無くあの人に止められたのだと、私は知っていた。
ああ。
何か、御礼がしたいわ。
でもいざ顔を突き合わせて、まともに喋ることなどできそうもない。
どうしたら。
そうだ。
花を贈ろう。

あの人に、ひなげしの花を。