商品を届けた地で不当な拘束を受けることは、間々あるトラブルだった。
それでも、今回の仕事は宛先が戦闘地域ではなかったため、とは、言い訳でしかない。何にせよ、油断していた。
「──チェキータさん」
ギシギシとうるさく鳴る簡素な木のベッドに腰掛けて、キャスパーは自分に背を向けて戸口の付近に立つ私兵の名を呼んだ。彼女がこの部屋で唯一の家具であるそのベッドに、彼とともに掛けていないのは、彼女の仕事柄、有事の際には咄嗟に動きやすいように、という留意の下ではあるが、そうでなくともベッドは、キャスパーの他にネズミ一匹でもよじ登ろうものなら、甲高い悲鳴をあげて崩れ落ち、ただの木屑と成り果てる様が想像に難くない程度の代物だった。
「このベッドの座り心地は、最悪ですよ」
「そうなんじゃないかなとは、思ってました」
「硬いし冷たいしうるさいし、酷くささくれ立っていて、触っただけで棘が刺さるんです」
「ああ、まあ、見たまんまですね」
「僕は、座っただけでこれほど不愉快になれるベッドに、生まれて初めて出会いました」
「良かったじゃないですか、初体験てのは何だって、新鮮なものでしょう」
「そんなフレッシュさが全く無いというのにも、驚きだ」
「たくさんの発見があって、今日はラッキーでしたね」
部屋の外が俄かに騒がしくなった。集まったと思った革靴の音が、慌しく駆け去っていく。足音が遠ざかるにつれ、チェキータの纏っていた殺気が和らいでいく。
二人を捕らえ、この狭くて暗い部屋へ押し込んだマフィアは元々、今回の取引相手だった。商品に手違いがあったことを一方的に責め立て、逆上したボスの指示で二人は拘束されたのだが、怒りに任せて累々と暴言を吐く彼の後ろで、吊り上がる口角を隠そうともせず一部始終を眺めていた男が、おそらくは反ボス派の筆頭であり、商品の発注を改竄した張本人であろう。組織の内部分裂については、早い段階から情報は入っていた。
「それをうまく利用するつもりだったんですが」
「ボスが、思った以上に血の気の多い男でしたね」
「さて、どうしたものか」
困ったね、と顎に手を当てるキャスパーは、言葉に反して、さざなみ一つない夜の大海原のような顔をしている。それをちら、と横目で振り返ったチェキータは、ふっと鼻先の空気を震わせた。
「ん、何ですか」
「いいえ。随分と余裕なご様子だな、と思って」
「フフ、そうかな」
楽しそうに、キャスパーは笑う。
「何かアテでも?」
「アテ、というほど、確かなものじゃあないんですけどね。……ああ、でも」
ほら、と言って、耳を澄ます仕草をする彼に倣って、チェキータも、意識を部屋の外に向けた。先程とは打って変わって、異様なほど、静かだ。
「……まさか」
「そのまさか、みたいですよ」
控えめな靴音が、近付いてくるのが聞こえる。男物の革靴の音ではない、華奢で繊細なそれは、ハイヒールを履いた人物の来訪を告げていた。
こんな状況で、あの血気盛んなマフィア連中を黙らせて、二人を助けに来るような存在を、チェキータは一人しか知らない。

、アジアの海を牛耳る男の孫娘。

キャスパーの恋人である。