「あのような行動は、慎んでいただきたい」
眉間に寄せた皺に手を当て、溜め息混じりに、スイスは言った。
非難の言葉はに向けられていた。革張りの椅子に掛ける彼女は先刻、帰国した教皇を出迎えた際に、参列の人垣の中から走り出た少女が差し出した一輪の花を、受け取って教皇に捧げた。スイスに苦虫を噛み潰したような顔をさせている原因である「あのような行動」とは、つまりそれである。
「我輩は、教皇の近衛兵である。許可の無いものを、無闇に教皇に近付けるわけにはいかんのだ」
「私が教皇に近付いてはならないということですか」
「そうではない」
の問いを、スイスは頭を振って打ち消した。彼女は、人々が神に捧げる祈りを抱く者としての聖性を有する。彼女が教皇を害するはずの無いことは、万人が認める事実である。
、そういうことではなく」
「わかっています。正規の手続きを踏んでいない贈り物を、教皇にお渡ししたのがいけないのでしょう」
「そうだ」
「とても排他的で、あなたらしい考えですね」
窓辺を歩き回っていたスイスの眉が、僅かに吊り上がった。だがそれも、の予想の内だ。
「護衛をお願いしている立場からこのような苦言を呈するのが、非礼だということは重々承知しています。ただ、教皇が人々から敬慕と親愛の情をもって接せられるべき方であらねばならないこともまた、わかっていただきたいのです」
「そのためには、幼い少女からの贈り物を拒むような態度は許されない、ということか」
「そうです」
「だがそれで、教皇にもしものことがあったら如何する」
「スイス、花で人は殺せません」
の返答に、スイスの眉間の皺がさらに深くなる。
「今回は贈り物が花で、相手も幼かった。だが毎回そうとは限らんのだぞ」
「そうですね、でも」
スイスがイライラと米神を人差し指で叩くので、はくすくす笑った。
「そのために盾になるのが、私の役目ですから」
微笑んでそう言ったを、スイスは立ち止まって振り返る。じっと見つめていたが、やがてふいと視線を逸らすと、フンと鼻を鳴らした。
「利他的な考えだな、実にあなたらしい」
「あなたとは正反対で、ね」
「本当にそのとおりだ」
不機嫌を隠そうともしないスイスは窓辺を離れ、と向かい合う。射るような鋭い眼光を真っ直ぐに受け止める彼女を、やはり苦手だ、と思った。
「それでは、我輩の雇われている意味が無い」
「そんなことはありませんよ、武装された反対勢力に攻め込まれては、私一人では如何にもなりませんもの」
「だが、我輩は教皇一人を守っているだけのつもりは無かった」
スイスの言葉に、は小首を傾げる。
「あなたのことも、守っている気でいたのだ」
の人を愛する才能が、スイスには眩しかった。自分に無い物を持つ者を疎んじる心が、彼女を苦手とする理由だと思っていた。
だがそうではなく。
「守っているはずの者にそう易々と身を犠牲にされては、立場が無い」
彼女に必要とされていないようで、決まり悪かった。
ただ、それだけのことだった。
だから、少し驚いたような顔をしたが、それは気付きませんでした、と言ってから、ふわりと、ありがとう、と微笑んだのを見て、心が軽くなったように感じた。
やっと、彼女に認められたような気がしたのだ。