穏やかな笑顔、柔らかな雰囲気、生まれたときから寒さに晒されつづけた白い頬はほんのりと赤みを帯びて、彼の持つ素朴さに色を添えている。りんごのよう、とぼんやりと思ったは、それをそのまま言葉にした。
「え?」
書き物をしていた手を止めて、ロシアが振り向く。何て言ったの、と聞き返す。
「あなたの頬が、りんごのようだわ、と思ったの」
「りんご? 僕が? そうかなあ」
ロシアは不思議そうに、自分の頬を撫でる。鏡を覗き込んで、たしかに赤いけど、と首を傾げた。
「それって、おいしそうに見えるってこと?」
「え、うーん……おいしそう、ではないわね」
「じゃあどういうこと?」
問われて、は考え込む。考えたがわからなかったので、ふいと窓の外へ視線を投げる。
「今日も雪ね」
はいつも、面倒くさくなると話題を変えるね」
「だって面倒くさいんだもの」
「あはは、うんそうだね、考え事は面倒くさいし、今日の天気もまた雪だ」
の子ども染みたわがままを、ロシアはいつも笑って許した。それは彼の部下たちから見るととても不思議なことのようだったけれど、彼女が、ロシアと彼の愛する国民たちにとっての愛されるべき存在である事実を考えれば、当然のことであるとも言える。
どこまでも続く白い世界で、彼女を愛し、彼女に愛されて育ったのだ。
はロシアにとって、友人であり恋人であり、母であり姉であり、そして娘であった。
「ねえ
「なに?」
「世界には、一年中雪が一片も降らない国もあるんだよ」
「うそでしょう、そうしたら、その国には春が来ないの?」
「一年中夏なんだって」
「それじゃあ、鳥も渡らないの?」
「うん。果物がたくさんとれて、色とりどりの花に囲まれて暮らすんだよ」
「夢みたいな話ね」
「ねえ、
目を卵のように丸くしているに、くすくす笑いながら、ロシアは言った。
「いつか、そこで二人で暮らそうね」
「一年中夏の国?」
「そう。いつか、そこもロシアになるから」
ロシアの言葉に、はふっと口を噤む。
穏やかな笑顔、柔らかな雰囲気、彼の持つ素朴さ。
白い頬はほんのりと赤みを帯びて、まるでりんごのよう。
「……わたしは、雪も好きよ」
「そう? でも、あたたかいところに住んでみたいよ」
朗らかにロシアは言う。それは、彼が日頃からよく口にする夢だった。
ロシアがどうしたって叶えたい夢が、にとっては少し、怖かった。けれどそのことを彼に伝えるべきか否か、はいつも、答えを出せずにいた。
今日もそのことについて、しばらく考え込む。考えたがわからなかったので、やがてクッションを手に取ると、膝で転がし始める。
「おなかがすいたわ」
「……そうだね、もう少ししたら、おやつにしよう」
小さく呟いたに笑って、ロシアは再び机に向き直ると、書き物の続きを始めた。
りんごは、禁断の果実。
彼が手を伸ばそうとしているものが何なのか、わからないから怖いのだということに、はまだ、気付かない。