「何だ、イタリアか」
応接室へ入るなりつまらなそうに言った兄に、は顔を顰めた。
「お兄様、お客様に対してそのようなあからさまな態度をとられるのは、いかがなものかと思われます。もう少し節度を持って」
「うるさいな、僕は僕のしたいようにするだけさ」
ふいとそっぽを向いてしまった兄に溜め息をついて、はイタリアに向き直ると、申し訳無さそうに眉尻を下げる。
「ごめんなさい、どうかお気を悪くなさらないで」
「ううん、僕は大丈夫だよ」
あっけらかんと笑って、イタリアは手をひらひらと振る。彼のこういう性格を、はいつも、ありがたいなと思うのだった。
「それにしても、珍しいね、だけじゃなくて兄ちゃんまで出てきてくれるなんて」
イタリアが、本当に驚いたように言う。
物腰柔らかく社交的な妹に比べて引き篭もりがちで対人関係の大切さを重んじない兄は、滅多に人前に出てくることがなかった。今日の訪問にしても、イタリアの方では、彼に会えるとは微塵も思っていなかった。
「お兄様ったら、毎日毎日庭を眺めているか部屋で本を読んでいるか、そうでなければ猫と追いかけっこをしているしかすることが無いのに、全然人と会おうとしないんですもの。たまには、誰かと会話をしたほうがいいんじゃないかしら、と思って」
「なるほどー。でも……ほんとに毎日、そんな生活なの?」
「君には関係ないだろ」
「羨ましいなー。俺なんか、ドイツにしごかれたりフランス兄ちゃんに追いかけまわされたり、大変なんだよー」
「ふん、外へ出かけていくからいけないんだ。家の中でゆっくりくつろいでいれば、何事もなく、心穏やかに日々を送ることができるのに」
「うーん、でも、毎日それだと、つまらなくない?」
「別に。僕は好きだね、こういう生活」
兄のつっけんどんな言い方には少々はらはらするが、何とか会話が成り立っている様子に、はほっと安堵の息をつく。イタリアを呼んだのはほかでもない、だった。妹にこんなに心配をかける兄ってどうなの、と、心の中で一人ごちながらも、健全に他者とコミュニケーションを取っている兄を見るだに、純粋に嬉しいと思うのだった。
「…………ん」
ふと、兄が鼻をひくつかせる。甘い匂いがする、と呟く。ああこれかな、とイタリアが気付いて、脇に置いていた紙袋を膝の上に乗せた。
「ティラミスを持ってきたんだ、おみやげだよー」
「ティラミス!」
とたんに、兄の顔が光り輝く。彼は甘いものに目がないのだ。
「みんなで食べよーよ」
「そうだな! 、はやく紅茶を!」
「はいはい」
イタリアからティラミスを受け取ったを、兄がはやくはやくと急かす。子どもみたい、と思うと、自然、笑みがこぼれた。
キッチンへ向かいながら、やはりイタリアに来てもらってよかったわ、と思った。