小高い丘を登り切ったは、眼下に広がる光景に、息を呑んだ。 ────また。 心中で呟いて、込み上げる思いに唇を噛み、堪え切れずに目を背ける。瓦礫と化した街の有り様を、これ以上、見ていたくなかった。 ここも、駄目。これでもう、幾つ。 国に戦乱の嵐が吹き荒れていた。そこかしこで炎が上がり、人々は逃げ惑い、政治は秩序を失った。落ちずに残っている街が日を追うごとに減っていく。 「ああ、国が」 強い風に呷られて、はその場に膝を折る。 死んでしまう。 どんなに必死で繋ぎ止めようとしても、この手が掴んだ砂が、指の間から零れ落ちていくように、引き戻せない、食い止められない。 消えてしまう、絶えてしまう。 「」 ごおと唸る風の合間に、名を呼ばれて、はっと振り返る。 そこには、中国の姿があった。 「どうした、涙も声も涸れ果てたあるか」 言葉も無く己を見つめるだけのに苦笑して、中国は言った。さく、と渇いた大地を踏んで、の傍へ歩み寄ると、腰を落とす。 「ああ、こんなにほつれて。自慢の黒髪が、台無しあるよ」 結い髪が崩れて簪も抜け落ちかけたの頭に、中国は手を触れる。髪だけでは無かった。中国がかつて、言葉を尽くして称えたの美貌が、今は見る影も無い。朝露を置く百合の潤いを持っていた白い肌は陶器のように青褪め、すらりと長く、絹のように滑らかだった指先も、ひび割れて赤く滲んでしまっている。幸福の色しか知らなかった漆黒の瞳は、悲しみと憤りに、鋭く研ぎ澄まされていた。 「国が……あなたが」 力無く伸ばされたの右腕を取って、そのまま、中国は彼女を抱き寄せる。 「つらい思いをさせたあるな、もう大丈夫、我がついているある」 「あなたが、傷付く様を、私は……ただ見ているしか、できない」 中国の胸に縋り、絞り出すように、は言った。その言葉は、己の非力へ向けられた歯痒さであった。 「兄様は、私の世界のすべてです。あなたの照らす光のなかで、注いでくださる大いなる恩愛のなかで、私は生きてきたし、これからもずっとそう。それなのに、兄様の苦しみを取り除くために、私は何もできないなんて」 砂埃と咽び泣く嗚咽のために嗄れた咽喉が、ぜいぜいと悲痛な音を立てる。玲瓏なる玉の響きであったの声が、遠い夢の出来事のように中国の脳裏に去来する。 「」 優しく背を撫でてやりながら、中国はふと、岩陰に揺れる薄桃色を視界の端に捉える。 「ああ、ほら、見てみるある」 自然、微笑んで、指を差す。それを追って、も顔を上げた。 「花が、咲いているあるよ」 こんな、岩と砂だらけの場所に。 「鳥も鳴いているある」 空を仰ぎ、遥か高みを旋回する影に目を細めて、中国はほう、と溜め息をつく。 「春が、来るあるなあ」 この荒れ果てた土地にも。 山は青めき河も渦を巻いて、崩れた街を押しのけ花が咲き、鳥が歌い遊ぶ。 春が来るのだ。 「この国に春が来る限り、我は死なねぇあるよ」 胸を反ってそう言った中国は、の髪から簪を抜き取る。乱れた結い髪を整え、差し直して、ああこの方が断然、かわいいある、と笑った。 「は我が守ってやるある。いつまでも我の傍にいて、笑っているよろし」 力強い中国の言葉が、闇に落ち往くの世界に光を取り戻す。 ああこの人はいつだって、私の太陽なのだ。 こんなにも、私を救ってくださる。 「……仰せのままに」 自分でも疾うに涸れたものと思っていた涙が、の頬を伝う。 何もできないなら、せめて。 永久に、あなたのお傍に。 |