月が天頂へ昇り切った頃。
ふと戸口の外に気配を感じた中国は、書き物の手を止めて、顔を上げた。
「……、あるか?」
声を掛けると、その気配は吃驚したようにぴくんと跳ねる。それで自分が正解したのだとわかって、お入り、と柔らかく言った。
「どうしたあるか、こんな時間に」
「申し訳ありません、なかなか寝付けずにいたので散歩に出ましたら、兄様のお部屋から明かりが漏れているのを見つけて……」
ゆっくりと開いた扉から顔をのぞかせたは、おずおずと理由を説明する。こっちへおいで、と手招きすると、椅子に座らせた。
「兄様は、まだお仕事ですか」
「ん、ああ、まだ少し、書類が残ってるある」
「では、お手伝いします」
はぱっと顔を明るくしてそう言ったが、中国は笑顔でそれを辞退する。
「本当に少しだけだから、我一人でも大丈夫あるよ」
「そう、ですか」
しゅんと項垂れたを、中国はくすくす笑いながら眺め、さては、と言った。
、怖くて寝れないあるか」
「え……っと、その……」
「昼間の韓国の話が怖くて、寝れないあるな」
最近、韓国は中国の家に遊びに来るたびに、怖い話を手土産に話していく。千年も生きた動物が人間を食いに来るだの、墓場から死体が起き上がるだの、どれもこれも使い古されたお伽話に色を付けた程度のものなのだが、下らないと呆れている自分の横でいつもが顔を真っ青にしているのに、中国は気付いていた。
「こ、怖いものは怖いんです!」
「あっはっは、はかわいいあるなあ」
半泣きのの頭を、中国は優しく撫でてやる。体も大きくなって、仕事も一端にこなせるようになったが、中国にとっては、やはり何よりも大切なかわいい妹だった。
「じゃあ、今日は兄様と一緒に寝るあるよ」
「えっ……いいのですか?」
「しかたないある、我のかわいいが、一人では寝れないと言うんだから」
「でも、まだお仕事が……」
「そんなもの、明日やればいいある」
言いながらもさっさと筆と墨を片付け始める中国に、は嬉しそうに、兄様大好きです、と言った。


(……そんなかわいいことを言われたら、ますます放ってなんかおけないある)