「お手紙ですか」
机に向かう中国の手元を覗き込むようにして、が聞いた。
「お仕事あるよ」
「北の方々に?」
は頭が良いあるな」
やわらかく笑んで、中国は頷く。
最近、北に住まう者たちからの干渉が激しくなった。小競り合いが続けばこちらにも、多少なりの損害が出る。穏やかに事を収めるための手続きとして手紙は、良い道具になる。
「私も、お手伝いをします」
「ありがたいあるな、じゃあ、どんなことを書いたらいいか、一緒に考えてみるあるよ」
「はい」
少女の殻を脱ごうかという年頃に育ったは、しかし、若者特有の近親者への反発心などは無く、昔と変わらず素直に、中国の言うことをよく聞いた。中国もこれを喜んで、の世話をいろいろと焼く。職務中も傍に置いていたが、やがて彼女の聡明さに触れ、いろいろと仕事を教えるようになった。
の才は、文筆の分野において殊に顕著であった。小さいころから詩文の業に長けた子ではあったが、数多の文献を記憶し諳んじることはもとより、法科条文や外交文書の作成にあたっても、小鳥が囀るように軽やかに文章を編んでみせ、度々、中国や周囲の文官たちを驚かせた。
「私もいつか、兄様のお役に立てるような立派な文官になります」
健気な夢を語る彼女がいとおしく、誇らしかった。
だが同時に、小さな澱のような不安が、頭を擡げつつもある。
国政に関われば、いらぬ心労を背負い込むことになる。北方との睨み合いはいずれ、大きな争いへと発展するやもしれぬ。国の内部も、まったく穏やかとは言い難い。政を担う側にも、主義主張の食い違いから摩擦が生じつつある。国が、揺れ始めている。
花の咲く庭で、詩を詠じ琴を奏で、野兎と戯れていられれば、きっと知らずに過ぎ行く艱難を、舐めさせることになるのだ。
優しいの、笑顔を曇らせたくは無い。
しかしいっかな、彼女の才はこの先、国政に無くてはならないものとなっていくだろう。
ではどうすれば良いのか。
答えは簡単だ。

墨をする横顔に声をかける。振り向いたは、何ですか、と小首を傾げて微笑む。髪を結うようになってまだ日が浅く、長さが足りなくて簪から抜け落ちた一束が、白い頬をさらりと滑る。
、我の大切な大切な、いとしい妹。
「我が絶対、守ってやるある」
花のようなこの子の笑顔を、苦痛に歪めることなど、決してさせはしない。