春の夜明けは薄い薄い衣を織り重ねた紺碧の空気で満ちていて、心地が良い。
こんなに美しく、静かに打ち震えるような時間が、私は大好きだった。
まだ少しだけ残る寒さが裾から袂からすうと入り込んで、気持ちが自然と引き締まる。小川のせせらぎから汲み上げた水を湛えた桶を抱え、庭へと続く回廊を行く足取りは、ふと視界の隅に横切った艶やかな濡れ羽色を追って立ち止まった。
「、──……」
声を、かけようとして止めた。
その人のすらりとした立ち姿が、言い得ぬほど凛として気高い。そのことだけで、私のすべてはその人に釘付けになる。私の細胞という細胞、意識という意識が軒並みその方向へ流れて、内から外から、ただただ景色は澄んでゆく。
兄様、なんて美しいのだろう。
ただひたすらに蒼い世界で、その長くしなやかな髪はひときわ深く煌めいていた。藍を内包する黒。突き抜ける天空と、凪ぎ渡る大海と、そのほかのあらゆる壮麗なものを象っている。
ああ。
私が夜明けを愛する心は、兄様を愛する心の故になのだ。
こんなに美しく、静かに打ち震えるような蒼に支配されたこの時間に、終焉を告げる光の矢。遠い稜線から無数に放たれる眩しさに、蒼は瞬く間に呑み込まれていく。
そして夜明けは、やがて世界を染め上げる。兄様に一等似合う、この世で最も絢爛なる緋の色へと。
兄様、私の世界の真ん中に立つ人。
振り返るあなたの笑顔の向こうに、今日も夜明けが匂い立つ。