その日は店に行く約束をしていたのだが、思わぬ刺客に出くわして、それどころではなくなってしまった。
月もなく深い夜闇に、相手の素性は知れない。近ごろここらに出没するという通り魔だろうか。意外と手応えのある攻撃に、不覚にも胸が躍る。
何より、最初の一撃が的確過ぎた。
肩を落とす勢いで肉が殺げ、右腕は使い物にならない。この私が防戦一方の後手後手に回らされるとは。だが、それも一興。
「─────……!」
脇腹を突かれた。強く石壁に打ち付けられ、第二撃を避けねばと神経を尖らせる。が、チャリン、と小さく、甲高い金属音がしたと思うと、それきり、辺りは妙に静まり返る。
しまった、と思った時には既に、懐の財布は、刺客とともに消え失せていた。
どっと虚無感が押し寄せる。
ふうっと大きく息をつくと、壁に頭を預け、暗い空を見上げた。
血を流し過ぎた。気を抜くと遠退きかける意識から、それと知れた。
目を閉じる。
この危うい感覚は、好きだ。
だがふと、脳裏を過ぎるものがある。、そうだ、今夜は久々に店へ顔を出すと約束していたのに。
私が行かなければ、彼女は怒るだろうか。悲しむだろうか。
「…………
死んでしまったら、もう、彼女の歌を聴くことはできないのだろうか。
それは何だか、勿体無いような気がした。