「今宵も月は昇る─────」
夜の帳が下りた頃、屋敷の庭を眺める縁に座って、韓信は酒に興じていた。
細めた目を杯に落とせば、透き通る小さな波紋に光が揺れる。やはり、と呟いて、口角を上げた。
「まことしき風流とは秋の夜だ…………そう思わんかね、
「ええ、本当に」
柔らかく頷いて微笑んだのは、寄り添うように隣で銚子を掲げる彼の妻。花が首を擡げるように空を仰いで、見事な月ですわね、と応えた。肩を流れた長い黒髪がさらさらと音を立て、心地良い。
雲の無い空は少し冷えて、凛と澄み渡る。
庭には時折、風が起こって木々をざわつかせる。
閑寂として悲愁漂う、秋の夜は詩の世界であった。
「…………だが」
寒かろう、と腕を伸ばし、韓信はを傍に引き寄せる。白い夜着の肩を抱いてやると、石のように冷たい。は韓信の胸に頬を寄せて、あたたこうございます、と言った。
「“だが”…………、何ですの?」
「いや、何でもない」
見上げて問うたに、にこ、と微笑みを一つ落として、韓信は首を振った。
古人が秋の夜を詩に詠んだのは、その寂莫を紛らすためではなかったか。
私には、がいる。
妻を両腕に抱きながら、韓信は、そんなことを思った。