イワンはひどく疲れていた。
残業続きや遠方への出張などが重なることはそう珍しくもないのだが、それにしてもこの数ヶ月の激務たるや、馬車馬のようにとは先人も上手いことを言うものだと、空ろになりつつある頭の片隅で思ったりする。
いや、仕事は良いのだ、メカをいじるのは好きだし、憧れる上官に帯同する栄誉にしても、他の誰かに譲りたくなどない。たとえそれで壊れるほどに身体を酷使したとて、イワンにとってはむしろ本望とも言えよう。
それでも、これほどまでに重く圧し掛かる疲労感の原因。
「───三ヶ月と四日、ですか」
右の手のひらに額を当てながら、呟く。その指先で、に触れていない時間の長さ。今までで、最長である。
仕事中に顔を合わせることはあるし、隙を見ては電話などでプライベートな会話もしている。それでもやはり温もりが恋しくて、触れたくなるのが人の性である。声だけでは、足りない。
ふと、時計に目をやる。日付が変わるまでに、あと一時間はある。こんなに早い時間に宿舎へ戻れたのも久しぶりなのだが、果たして彼女は帰ってきているだろうか。
部屋へ電話を? いっそ訪ねてみようか。しかし、それで居なかったときの落胆を考えると、明日の仕事も手につかなくなりそうである。
そもそも昨日がそうだったのだ。夕方に一度、資料を取りに部屋へ戻ったとき、の部屋に明かりが見え、ひょっとしたら会えるかもしれない、とわざわざ寄り道をしたのだ。結果、見事にすれ違ってしまった。夜、メールをしてみたが、彼女も仕事の合間にほんの数分部屋へ戻っただけだったのだという。
欲求と躊躇いに心を揺らしながら、ソファに投げ出した身体を指一本も動かすことができずにいるイワンの耳へ、不意に、来訪者を告げるブザーが響いた。
『───あ、イワン、私』
モニターにの姿をみとめるなり、イワンは転げそうになりながらドアを開錠する。
「ごめんなさい、遅くに。寝てた?」
「いえ、いえ起きてました。あなたこそ、お疲れでしょうに」
「今日はこれでも、早く帰れた方なのよ」
今の今までに会いたくて殆ど不貞寝の体だったというのに、イワンの口から出た言葉はまるでそっけない。そうとは知らないはちょっと苦笑してから、えっと、と先を濁した。
「あのね、今日、扈三娘様からワインをいただいて」
後ろ手に提げていた華奢な瓶を胸の前に抱え直して、はうかがうようにイワンを見つめる。
「これから一緒に、どう?」
イワンはイワンで、ぽかんとを見つめ返して、それから。
勝手に口角を持ち上げる表情筋を盛大なる照れ隠しで覆いながら、ともかくどうぞ、とを部屋へ招き入れた。