失恋した。イライラする。
ローザは皿でも割りたい気分のまま、任務を終えて本部へと戻ってきた。
割るなら絶対ウェッジウッドだ。あの紅茶狂が愛して止まない最高級品を、ご本人の脳天に力の限り叩きつけてやりたい。ああああイライライライライライラ──。
「──おや、ローザ」
蹴破らんばかりに開け放った扉の奥でちょっとびっくりしたように振り返ったイワンは、眉間に深く皺を刻んだローザを見て取り、苦笑を投げかけた。
「ああ、振られたんですね」
「うるっさい!」
だん、と壁を殴りつけ、ローザはイワンを睨みつける。
「あんな男、こっちから願い下げよ!」
「またそんな強がりを」
「ちょっとイワン、口を慎んだ方がいいわよ、今日の私は本気でイラついてるわよ」
はああーと盛大な溜息をついて、ローザはソファに身を沈めた。イワンはちょっと肩を竦めて、手元の雑誌へ目を戻す。
「…………ちょっと」
「はい?」
「何よその反応」
「本気でイラついてるという方に口を慎めと言われて、それでも話しかけるほど私はチャレンジ精神旺盛ではないので」
「むっかつく!」
「失敬な」
「理由がイワンらしすぎるところが余計むかつくのよ、涼しい顔して言うとこはもっとね!」
「では私にどうしろと?」
「もっと根掘り葉掘り聞きなさいよ!」
はああーと盛大な溜息をついて、イワンは雑誌をテーブルに伏せた。渋々ローザの方へ向き直る。
「何があったんです?」
「失恋したの」
「それは大方見当がついてます」
「でも振ってやったのよ!」
「そこのところの機微を、聞いてほしいんですね」
「そうよ!」
やれやれ、と首を振りながらも、イワンはこちらへ耳を傾けてくれる。この男、やはり優しいのだ、とは、心の中だけで思いながら、ローザは語りに力を入れるべく拳を握った。
「それで、どういうことです?」
「先週、私、デートだったじゃない?」
「知りませんよそんなこと」
「それくらいにでも聞いて情報入れときなさいよ。でね、そのときの相手の服装が」
カラーシャツだったのだ。クールビズが叫ばれるこのご時勢、第一ボタンは開け、ノーネクタイの団員がほとんどである。中にはポロシャツで出勤している者さえいるというのに、よりにもよってあの似非紳士は、ピンクのカッターシャツにピンクのネクタイでレストランに姿を見せたのである。
「信っじらんなくない!? 暑苦しいにもほどがあるっての! 気取ったつもりか知らないけど、ファッションに関しては団内随一のヒイッツカラルド様のお傍に三年もいて、アレはないでしょアレは!!」
「まあ私は、ファッションのことはよくわかりませんが」
「それで冷めちゃって、こっちから連絡するの止めてたんだけど」
事もあろうに任務中、激戦区視察の真っ最中に、ローザの携帯にメールが入った。
「『僕、君を怒らせてしまったかな?』ですって! シ・ゴ・ト中だっっつーの!!」
「それで完全に、負のメーター振り切っちゃったんですね」
「もーホントありえない! あ、ちょっと、今度の同期会さあ、あいつ呼ぶのやめない?」
「それはさすがに、可哀想でしょう」
「え〜〜じゃー私行くのやめよっかなあ」
ボコボコとお気に入りのくまのぬいぐるみを殴りながら、ローザは室内を徘徊した。イライラするととにかく落ち着きなく動き回るのが、ローザの癖である。その間にもぶつぶつと、恨み言は底をつくことを知らない。あーもうほんと信じらんない、ネクタイもさあ、ただのピンクじゃないのよ、斜めに黒のストライプが入ってるのよ、どこのパーティグッズだよって感じで……──。
「──……あの」
「何よ?」
「私も今日、カラーシャツなんですが」
おずおずと、イワンは伺うように自分の胸元とローザとを見比べる。なるほどたしかに、今日のイワンは半袖のカラーシャツを着ていた。目に優しいカナリアイエローに、濃紺のネクタイを締めている。
「あら、ほんとだ。気付かなかったわ」
「私は服には無頓着な方なので、自分ではおかしいのかどうかわからないんですが……変ですか?」
「んー別に、変じゃないわよ。色味も派手過ぎないし、ていうか、黄色似合うわね」
「そうですか、よかった、ありがとうございます」
ほっと胸を撫で下ろし、イワンは少しはにかんで、実はコレ、がくれたんですよ、と付け足した。
それで、直りかけていたローザの機嫌は、一気に下降した。
(何よ、あんたたちばっかラブラブして! 私にもいい男紹介しろ!)