振り返ると、が笑っていた。
次第に緩む陽気が、新しい季節の訪れを予祝する、そんな日だった。
(どうしたの)
(いえ、月が)
(月? ……あら、本当)
仰ぎ見た薄い色の空の、只中にぽかりと浮かんだ半月形の白に、は微笑む。そんな彼女を横目に見て、私も微笑んだ。
(四年なんて、あっという間ね)
(そうですね)
(国を離れた日のこと、まるで昨日みたいに覚えてるわ)
そう言って笑う。それは真実なのだろうと思う。私もそうだからだ。
私が過ごした大学生活のほぼすべての時間の中に、はいた。小さな故郷を同じくする二人であったが、それ以上の感情を、少なくとも私は彼女に対して抱いていたし、自惚れも少しは混じるけれど、彼女もそうであるような気がしていた。
そんな日々も、今日で終わる。
(手紙、書くわ)
ふと、が呟いた。それを細かな風が拾って、彼女の前髪を揺らす。
(イワンも、バシュタールの様子、教えてね。仕事が忙しくないときで、いいから)
の声は明るかったが、それがあまりに不似合いな気がして、瞬間、言葉に詰まった。
博士課程に進むため、大学に残ることにしたのだと、から聞かされたのは、私の就職先が既に決定した後だった。彼女の才とそれに見合った未来を考えればその進路は尤もなもので、私が何かを言える立場にあるわけでもない。ただ、隣にいられなくなるのだ、という、あまりに単純な事実が、降って湧いたように二人に訪れたことが、俄かには信じ難くて───そう、あのときも私は、押し黙ってしまったのだった。
傍にい過ぎたのだろうか。
ありふれた日々そのものが幸福であったことに、いまさら気がつくほどに。
愚かな私を、は笑うだろうか。
(……イワン?)
小首を傾げたが、私を見つめる。
その瞳に浮かんだ涙ごと、私はを抱き締めていた。

まだ、未来が希望に光り輝いていた頃のことである。