自室で持ち帰った書類に目を通していた樊瑞は、ふと、顔をあげた。
歌声が聞こえる。
それは明るい陽光に満ちた窓の外からのもののようで、分厚い報告書やら案件やらを置くと、キイ、と椅子を鳴らして立ち上がった。窓辺に寄ると掛け金を外して、おだやかな春の午後が温んでいく庭を一望できるテラスへ、足を踏み出す。
美しく曲線を描いて視界の右端に横たわる池と、ほとりに植え込まれた桜の木が、小さく風に揺れている。
その脇でが、二胡を奏でていた。
しとやかな声はゆったりと典雅な旋律を、朗々と歌い上げ、呼応して弦が掻き鳴らされる。
ゆるやかに流れゆくように、散る花弁を目で追って、欄干に凭れた樊瑞に気付き、にこりと微笑む。
それはまるで、生きた絵画であった。
春は、良い。
何ともなごやかな気持ちになって、樊瑞は、そう思う。
その直後、背後に遺した判子待ちの書類の山について、孔明から六度目の催促の電話が入るなどとは、つゆとも知らで。