泣き腫らした目を開けているのがつらいのに、はその夜、なかなか寝付けなかった。
一度横たえた身体を、半身だけまた起こした。ベッドの脇机には、目蓋の腫れが引くようにと、氷水とタオルが置かれていた。用意してくれた水田は、その後も帰るのを憚っているようだったが、元来彼はの叔父、橘勲の腹心であって、の世話係ではない。心配かけてごめんなさい、もう大丈夫だから、と微笑んで、は渋る水田を半ば強引に帰らせた。
どうして。
かたく絞ったタオルを目に当てながら、は思う。
どうして千一は、私のことをこんなにも、気遣ってくれるのだろう。
小学校では同級生も教師たちも、みなを腫れ物にさわるように扱った。親がやくざで、その親にさっさと死なれて、引き取られた叔父もやくざ。それは事実だし、同情も理解も欲しいとは思わない。それでも、ひどいことを言われたら悲しいし、悲しいと涙が出た。おまえなんか、泣いたって一緒に悲しんでくれるやつはいないよ。同級生の言葉がよみがえる。それはちがう、と心が答える。私には、千一がいてくれる。
記憶の中で、父はいつも周囲が平伏す存在だった。今、叔父と暮らす中で、橘もまた父と同等の立場にあるのだと理解していた。けれどそれは父が、叔父が、平伏されるだけの力を持っているからだ。は何も持っていない。そんなに優しく接する理由があるとすれば、の後ろに父や叔父を見ているためだろうと、そう思っていた。
でも、そうじゃない。
私が橘勲の姪じゃなくても、千一は私のことを大切だと言ってくれた。
そもそも、権力に擦り寄って甘い汁を吸おうとするだけの手合いを、水田はむしろ嫌悪する性質である。己の才覚に絶対の自負がある分、余計な小細工無しに、ただ力量を認められることにのみ、水田が価値を見出していることは、長く時間を共有するうち、も感じ取っていた。だからこそ、水田が本心からを思ってくれることが、ただうれしく、そして不思議だった。
ふと、は窓を見遣る。カーテンの端を持ち上げると、夜闇にぼうと玄関先の灯りが浮かんで見えた。そのあたたかそうな橙色の輪の中に、黒の立衿の背中が在った。
あれほど、今日は帰るようにって、言ったのに。
「──……うそつき」
すねたように呟いて、は、そのまま枕に顔をうずめた。自然と頬がゆるんでいるのに、自分でも気が付いていなかった。
明日の朝、もう一度、ありがとうって言わなくちゃ。
そう思ううちに、すうと、眠りについていた。