、こないだのレポートの……」
「ごめん笹塚くん、今日急いでるから!」
先輩、来週のゼミコンなんですけど」
「筑紫くん、悪いけどそれ笹塚くんに聞いて!」
言いながら彼らの顔を仰ぐこともせず、マーカーとシャーペンと消しゴムをペンケースに放り込み、ノートをかばんに押し込んで、ジャケットをひっつかんだは、それじゃ、と教室を駆け出していった。男二人はぽかんと口を開けたまま、その背中を見送るしかない。
先輩、ずいぶん慌てていましたね」
「ああ、まあ……仕方ないとは思うけどな」
「笹塚先輩、理由を知ってるんですか?」
「それは、あれだよ、ほら……今日はさ」
「──……ああ、なるほど」
両手の人差し指と親指で丸をつくり、目に押し当てるしぐさをした笹塚を見て、筑紫も納得の顔をした。今日は、の恋人が半年間の留学を終えて帰国する日だった。
「でも、少し意外です」
「何が?」
先輩ってちょっと、勝気というか、自立した女性のイメージが強かったので、そういう意味でギャップというか」
「意地っ張りで素直じゃないってことな」
「そ、そんなことは言ってませんよ!」
「しかも、似た者同士」
「笹塚先輩!」
またもメガネのポーズを取る笹塚に、筑紫はあたふたと両手を振った。後輩のそんな様子に声を立てて笑って、笹塚は頬杖をつく。
「ま、どんなに減らず口利いてたって、結局はお似合いの二人なんだよ」
「……そうですね」
笹塚の笑顔の優しさに、筑紫も自然と微笑ましい気持ちになる。
見るとなく眺めた窓の外には、ようやく訪れた春に心地良く身をひたす空が青々と広がっていた。



走りたくて走ってるんじゃない、気付いたら、走っていたのだ。
それくらい、の心は逸っていた。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
まさか、こんなにうれしいなんて。
直に会えるのが、こんなにうれしいだなんて。