「君はまるで人魚のようだよ」
口角を上げ、柔らかな声音で、眩惑のセルバンテスは言葉を紡いだ。ゴーグルのレンズは色濃く、瞳の表情が伺えない。
「そのような、勿体無いお言葉を」
はか細く言って、長い睫毛を右に伏せた。彼女の羞恥はセルバンテスの褒め言葉に対するものではなく、一糸纏わぬ己が肢体への感情である。
爪先から腿を辿り緩やかに陵を描く腰、そこへ流れるしなやかな黒髪の光沢が、白い絹張りのソファによく映える。南国育ちの褐色の肌に弾かれた水が、真珠のように彼女を飾る。向かいのソファからしげしげとそれらを眺め、セルバンテスはほうと溜息をついた。
「ああ、本当に美しい、私だけのマーメイド」
調度や骨董、宝飾品など、セルバンテスは美しいものを愛した。とりわけ今は絵画を好んで収集しており、それが高じて自分も描きたいと言い出したのが三日前のこと。
すぐさまイーゼルとキャンバスと油絵の具を大量に用意させ、しばらくはあれこれと花だの果物だのを相手に構図を練っていたのだが、やがてそれにも飽きた頃、副官であるが呼ばれた。
「セルバンテス様、やはり、わたくしのような者がモデルなど」
あまり動くと叱られるので、口元だけでもごもごと、は幾度目かの辞退を申し出た。しかしセルバンテスは、ひらひらと長い指を振ってそれを退ける。
「何を言うんだい、せっかく私の創作意欲がこれ以上ないまでに掻き立てられているというのに、副官として従わないつもりかね」
「いえ、それは……」
画家はふわりと腰を上げる。風を含んだクフィーヤが蝶の舞で近づき、被写体の脇に屈んだ。
「いい子だから、おとなしくしておいで」
くい、と人差し指の腹で顎を持ち上げられ、顔の角度を直される。は潤んだ瞳で小さく、はい、と頷くしかできない。
「よろしい、my dear beauty.」
セルバンテスは満足気に囁いて、ふたたび絵筆を取るのだった。





──けれど本当は、泣き出したいほどの心の叫びがにはあった。
人魚はあなただ。
あなたほど美しく、妖しく、人の心を虜にするものを、他に知る者がどこに在ろう。
どんなに焦がれても触れることさえできやしない、



(my dear merman.)