ソファにふんぞり返り、長い脚を器用に組んで新聞を広げたウォンカは、すぐさま、苦々しげに新聞から顔を離した。
「まったく、気に食わないなあ!」
ぷんすかしながらウンパ・ルンパの運んできたホットココアを乱暴に受け取って、一口すすり、あまりの熱さにあわてて舌を出す。すんでのところでチャーリーがウォンカからカップを奪い取り、ココアが部屋中に撒き散らされるという最悪の事態は免れたものの、ウォンカの機嫌は余計に悪くなってしまった。
「もう、ちょっとは落ち着いたら?」
「落ち着く? これが落ち着いていられる状況だって言うの? チャーリー、君はもっと利口なやつかと思ってた」
ウォンカの剣幕に、チャーリーは溜め息をつく。
ここ一週間ほど、彼はずっとこんな調子だった。というのも、一月ほど前、彼のもとへ事業経営の相談にやってきた女性、氏について、憤慨しているからだった。彼女はウォンカのアドバイスもあって、その後、祖父から託された遊園地の経営を、部下たちとうまく分担しあって何とか軌道に乗せたようで、一時期低迷していたワンダーランドの人気が、以前の活気を取り戻しつつあると、新聞やテレビが連日のように報じていた。
「こういう場合って、普通は、アドバイスをした僕に対するお礼をきちんとするのが、筋ってものじゃないの」
「この前、電話があったじゃない、とても感謝してる、って。ワンダーランドの一番人気、マッキーのクリスタルフィギュアも貰ったし」
ほら、とウンパ・ルンパが持ってきて見せてくれた、七色に輝くクリスタルのマスコットを指し、チャーリーは言った。遊園地再生計画の一環として、限定三百個生産された特別フィギュアのうちの一つだ。台座には遊園地の地図が彫られており、下から光を当てると、天井いっぱいにワンダーランドの世界が広がる、という趣向も凝らされていて、遊び心がいっぱいだ。
「そういうことじゃないんだよ、僕が言っているのは!」
いらいらと右手の中指でこめかみを叩いて、ウォンカは声を荒らげる。
「どうして、直接僕に会いに来て、お礼を言わないのかってことさ!」
まるで子どもみたい、とチャーリーは思ったが、思うだけにして、言葉にはしなかった。代わりに、彼を諌める。
「そりゃあ、今はきっと、一番忙しい時期なんだろうし」
「だから、面倒なことは秘書に任せればいいのに!」
「ウォンカさんだって、新しいお菓子を編み出すときは、他のことは全部後回しにして、それにかかりっきりになるでしょう」
「……何にしたって彼女は、僕にもう一度会いに来る義務がある!」
「義務って言ったって……」
ウォンカのわがままにほとほと呆れ果て、チャーリーは頭を振って、ソファにぼすんと腰を下ろした。興奮冷めやらぬウォンカは、一人で部屋をぐるぐると歩き回る。まるで野良犬が広場を徘徊しているみたいだ。
そういえば、とチャーリーは、昨晩観た、ワンダーランドの特集番組のことを思い出す。氏と一緒に、彼女が全幅の信頼を寄せる秘書、ハロルド・ホーキンズ氏が出演しており、リポーターのインタビューに答えていた。
あの優しい氏が、ときには当り散らしてしまうこともある、と言っていた秘書について、チャーリーは少し興味を抱いていたので、自然とテレビに見入っていた。初めて見たホーキンズ氏は、四角張った顔が愛想とは無縁に生きてきたように少しも微笑むことなく、淡々と遊園地の過去と現在について語る口調とも相俟って、主人に忠実なドーベルマンを思わせた。年齢はチャーリーの父と同じくらい───おそらくは三十代の後半だろうと思われたが、髪も背広もかっちりと固めたエリートサラリーマンの風貌は、周りにいるどの大人とも違っていて、新鮮に映った。彼の隣で微笑む氏は、テレビで観る限りでもやはり、ホーキンズ氏を自分の右腕として、とても信頼しているようだった。
彼らの関係は、社長と秘書という以上の、もっと厚いものでつながっている気がした。家族とか、恋人とか、そういったもの。
「ホーキンズさんは、さんの恋人なのかなあ」
「…………何だって?」
ぽそりと呟いたチャーリーの言葉に、ウォンカの眉がひくっと神経質に動く。
それから、恋人と仲良くテレビのインタビューなんかに答えている暇はあるのに、僕のところへは電話一本しか寄越さないなんて! と喚き散らすウォンカを宥めるのに、チャーリーがいつも以上に手を焼いたことは、言うまでもない。