たすけて、たすけて。


帰り道が、わからないの。





「……………こんなところにいたのか」
非常用階段につづく廊下の隅、無造作に積まれた段ボール箱の陰をのぞいて、レスターはため息をついた。うつろな表情の少女が、ゆっくりと顔をあげる。
「レスターさん……」
「皆、心配していた。一人で部屋を出ては迷子になるからと、あれほど言ったじゃないか」
「………レスターさぁん」
やんわりとした口調で諭す間に、みるみる、少女は顔を歪ませる。困ったな、レスターは頭を掻いた。泣かれるのは、苦手だった。
「ごめんなさい、ニアに……コレを、届けようと思って」
しゃくりあげながら、次から次に溢れる涙を拭おうともしないで、少女は左手をそっと、開く。握られていたのはサイコロで、ニアのお気に入りのものだとすぐにわかった。
「さっき、私の部屋を訪ねてきてくれたときに、落としていったの。だから」
「そうか」
優しく言って、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしつづける少女の頭に、ぽんと手を置いた。
「きっと、ニアも喜ぶ」
微笑むと、少女の涙は少し、速度を緩めて、やがて、うん、と小さく頷いた少女の瞳から、最後の一粒を振るい落として、止んだ。
「さあ、帰ろうか。君の部屋は六階に用意したはずなんだが、ここは十七階だ、随分歩いたようだな?」
「うん………わ、っ」
レスターは笑いながら少女を抱え上げると、疲れたろう、と言った。自分の重力がふわふわと揺れるのに戸惑いながら、少女は、しっかりと自分を支える両肩にしがみつきながら、うん、と頷く。
「レスターさん」
「何だ?」
「………ありがとう」
「はは、いいさ。……
「はい?」
「今度から、用事のときは私に電話しなさい」
「でも、レスターさんもお仕事が」
「大丈夫」
少女の頬にまだ残る、涙の跡をそっと、親指で拭って、レスターは微笑んだ。


「いつだって、すぐに行く」