曇天の街は音を引き絞ったように、奇妙な静けさに沈んでいた。


反吐の臭いのする路地裏が、いつからこんなに居心地良くなったんだっけ、などとぼんやり考えながら、ふと滑り込むように浮かんだメロディを口遊む。
優しい音色。
緩やかな旋律。
最高音は、少しだけ、哀しげ。


口遊みながら、あいつ今頃どうしてるんだろう、と考えた。半ば飛び出すように施設を出てから、一度も、会うことはおろか連絡さえ取っていない。

歌をうたうのが、得意だった。
彼女の子守唄で眠った夜が、急に、懐かしい。


そういえば、もう名前も思い出せないこのメロディは、が好きだった歌だった、と思い至った。今も彼女は、この歌をうたうだろうか。








メロ。








呼ばれた気がして。








振り仰いだ空から落ちる雫は、の涙に似ていた。


ゆっくりと、俺を濡らした。