外で物音がした気がして、戸口をうかがい見る。
薄暗闇のなかで、一時、待ったけれど、その木戸が開く気配はない。
小さく、溜め息をついて、は手元に視線を戻した。針仕事の続きを始める。
王様がお倒れになったという。病名も治療法もわからず、内医院は連日、慌しく人が出入りしているらしい。それでも夜は家に戻っていた医務官たちも、ここ二日ほどは宮廷に詰めて夜を明かし、原因の究明に努めているようである。市中では、誤診が原因らしい、という噂がまことしやかにささやかれた。
……イクピル様は、今日も戻らないかしら。
糸を留めて、余りを切り取ると、針箱を片付ける。仕立て直した着物を畳んで箪笥に仕舞うと、蝋燭を燭台から持ち上げて、部屋を出る。立ち上がったときに少し、眩んだような気がして、戸締りを確認したら今日はもう休もう、と思った。
本当は、イクピルが戻るまで待っていたかった。
今日だけではない、昨日もその前も、そのまた前の日も、ここ最近はずっと、帰りの遅いイクピルを待って、夜じゅう針仕事をしていた。待たなくて良い、と言われたけれど、もう少しだけ、あと少しだけ、待ってみようと思い続けて、結局は月が昇りきるまで起きていた日もあった。おまえまで倒れたら如何するのだ、と叱られた。
それでも、王様のお体を案じる彼の心中を思うと、心配でたまらなかった。
医術が人に良くも悪くも影響するものだと、人一倍、知っている彼だから、特に。
一人では広い屋敷の戸締りを一つずつ確認して、母屋に戻ってくると、はもう一度、正門を振り返る。
私では、何もしてあげられないけれど。
つらいとき、傍にいて、大丈夫ですよと言ってさしあげたい。
夜を日に接ぎ書物を捲る、薬剤を選る、その手は冷えていませんか。
両のてのひらで包んで、あたためてさしあげたい。
「─────……イクピル様」
カタン、と、門の外で音がした。今度は、気のせいではない。
は駆けて行って、錠を外す。
「夜分遅くにすいません、宮中に薬草を仕入れている者ですが」
細く開けた門の向こうにいたのは、小柄な初老の男だった。ぺこ、と頭を下げて、これを、と懐から紙を取り出す。
「内医院のシン医務官殿からです。殿に、と」
「まあ……ありがとうございます」
ていねいにそれを受け取って、礼を言う。男はいいえ、と人の良さそうな笑顔を浮かべて、今後とも何とぞよしなに、と言って去っていった。
左手に掲げた蝋燭の炎が、にわかに、ちらちらと大きくなった気がした。一人では広い屋敷は夜の闇に沈んでいるというのに、こころなしか、先ほどより明るい。
手紙を大切に胸に抱きながら、は部屋へ戻る。
今夜はこの手紙を読みながら眠りにつくのだと思うと、とても、幸福な気持ちだった。