凩の吹き荒れる日で、往来を往く人足も疎ら、その誰もが外套の前を両手でしっかり掻き合わせて、小走りに過ぎていった。
囲炉裏端で繕い物をしていたは、不意にがらりと開いた引き戸の音と舞い込んだ風に驚いて、顔を上げる。
「蜂也隊長、どうなさったんです」
「密は戻っているか」
「いえ、朝、隊の皆さんがお出かけになってから、誰も戻ってらっしゃってません」
「そうか……」
糸のように細い目を更に細めて、何事か思案していた蜂也は、くるりと踵を返すとまた引き戸に手を掛けた。
「密が帰ったら、俺が戻るまで待つよう伝えてくれ」
それだけ言って、また、足早に出ていこうとする。
「隊長、お待ちを!……密さんとここで落ち合うお約束を?」
の問いに蜂也はあからさまに怪訝な顔をした。夜郎組の詰所番とはいえ、一介の市民であるが隊の仕事について口を挟むのを、蜂也が面白く感じていないことは、知っていた。は少し眉を下げ、身を竦める。
「……ああ、調査を頼んだ件についての報告を、ここで受け取る手筈になっている。だがまだ終わらんのだろう。時を置いて、また様子を見に来る」
「あの、…………密さんが戻るまで、ここでお待ちになっていってください」
蜂也の眉間に皺が寄る。
「俺も暇ではない」
「ですが、外も寒いですし。……今、お茶をお淹れします」
「おい」
蜂也の返事も待たず、はぱっと立って奥の土間へ入ってしまった。制止しようと伸ばしかけた右腕も虚しく、すとんと戻した蜂也は、仕方なく板の間に敷かれた座布団に腰を下ろした。それは古びて煤け、薄くて、尻の骨が痛い。床に座っているのと大差ないように思えた。
しばらくしてが、盆に急須と湯呑みを載せて戻ってきた。蜂也がまだいるのに少し驚いたようだったが、何も言わず、囲炉裏の薬缶を取って急須に湯を注ぐ。
お茶っ葉を蒸す間、二人とも一言も喋らなかった。
頃をみて湯呑みにお茶を注ぐと、は、どうぞ、と蜂也に差し出した。ああ、と短く言って受け取って、蜂也はそれを口に運ぶ。
「―――京の茶はどれも旨いが」
立ち上る湯気の先をぼんやり見つめながら、蜂也がぼそりと、言った。
「詰所の茶が、一番旨い」
がらっ、と勢いよく引き戸が開いて、普段は真っ白な頬を上気させて密が顔を覗かせた。
さん、蜂也さんが………って、あれ、ひょっとして待たせてしまいましたか」
「構わん。……出るぞ」
申し訳なさそうに、というよりは意外そうに言った密を促して、蜂也はさっさと詰所を出ていく。
「ええーボクもさんのお茶一口もらってから……」
「後にしろ」
「あっ、待ってくださいよ蜂也さん」
ぺこ、とに頭を下げて密が出ていくと、詰所にはまた、静けさが戻る。
凩の吹き荒れる日に、少しでもあの人の心があたたかくなったのなら、そのお手伝いができたのなら、とは願う。
そして、片付けようと湯呑みに手を伸ばして。
それがきれいに飲み干されて空になっているのに気付いて、思わず、微笑んでしまった。